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第七十六話:マオの母親④

 フィンが部屋を出る音がしたのを合図に、クミは立ち上がり、窓の外を見る。


 この部屋は南側に面していて、太陽の光が十分に入ってきて明るい。カーテンがないから暑ささえ感じる。


 外は、片道二車線の大きな道路が走っているが、ここを車が走っていたのは昔の話で、現在はもっと便利な場所にきれいで広い道路がつくられ、道路を整備する費用を削減するため、ここは一切車が通れないように閉鎖されている。あちこちアスファルトが割れ、そこから雑草が高さ数メートルの高さまで伸びていた。道路の向こう側は、クミたちがいるところと同じくらいボロボロのビルで、強い日差しの日陰になっているため、薄暗くてその内部までは見えない。


 そんな景色を眺めていると、


「あんたも、フィンに助けられたのかい。運が良かったね」


 ごそごそと衣擦れの音がし、ばあちゃんが布団から体を起こして言った。


「…………!」


 ギョッとした表情で、クミはばあちゃんの方を向く。フィンと話をしていた間、電池の切れたロボットみたいに寝ていたのに、いきなり話しかけられて、つい一瞬だけ臨戦態勢に入ってしまった。


「景色が気になるかい? 私はそこから見える光景が好きだよ。誰もいないし静かだからね」


 そう寂しそうに言うと、よっこらせ、とばあちゃんは立ち上がって、クミのすぐ横まで来て、外を眺める。腰は曲がっていないが、足は棒切れのように細く、かんたんに折れてしまいそうだ。


 年寄は、この街ではほぼ住民権を持った人間しか見ることができない。毎日のように犯罪を繰り返しながら暮らしている彼女たちは、餓死、強盗、性的暴行、事故などで、たいてい長くは生きられないし、捕まれば他の街へ移送される。


 クミも、自分と似たような生活をしている老人と会ったのは、久しぶりだ。ちなみに、前回出会った高齢の男は、雨風をしのぎながら廃ビルで眠っていて、襲って身ぐるみをはいで逃げた。


 こんな成りをしているが、この老婆は現在まで生き延びているからには、きっとその術を持ち合わせているに違いない。


 そう思ったクミは、横目でも、視界に彼女が入るようにして、気を緩めないようにしている。


「何でにらんでるんだい。老人が若い女にかなうはずないんだから、気を張らなくていいよ」


 柔らかい笑顔を浮かべ、ばあちゃんは外に背を向け、壁に体を預けて座った。


「老い先短い老人のために、少し話に付き合ってはくれないかねぇ」


 警戒はしているものの、ばあちゃんから何か企んでいるような怪しい雰囲気は感じられない、とクミは薄々分かってきていた。煌びやかな大通りで、孫と楽しくおしゃべりしながら歩く祖父母と、格好以外はよく似ている。


 クミは、はあっとため息をつき、


「おしゃべりを楽しむ趣味はねぇよ」


 と、突き放すように言ったのだが、


「あら、やっぱりあんたきれいな声してるんだね。透明感があるというか。最初フィンと話すのを聞いた時、そう思ったんだよ」


 唐突に褒められたため、


「は、はぁ? な、何だよ……」


 急にパーソナルスペースに入りこまれたような感覚に陥った。


「他人と距離を縮めるには、とにかく褒めるのが大事。これ、覚えておくといいよ」


 優しい声色で、彼女に言う。


「知らねぇし……」


 じいさんばあさんは、年下の人間に説教したがるものだ、と彼女は聞いたことがあったが、そのタイプかもしれないと思った。


「私はね、あんたと仲良くなりたいと思っているんだよ。だって、フィンは必ず、いい人を連れてくるからね。きっとそういう才能があるんだね」


 次は孫自慢か? クミは逃げ出したかったが、いい加減体力的にも精神的にも疲れてきたから、出ていくのがおっくうだと感じていた。


「フィンは、七歳の時に目の前で母親を殺されたんだ。浮浪者の男数人に、子どもの目の前で服を脱がされて、乱暴されて、抵抗したところを、ビルの壁に頭を叩きつけられた。

 私は、偶然通りかかって、影から見ていた。出て行ったところで、助けられるとは思わなかったからね。母親が死んで泣きじゃくっていたあの子を、私が拾って育てた。

 それから数年して体力がついてきたあの子は、女性を助けるようになった。ケガした人、空腹な人、誰かに襲われている人……。フィンが意識していたのかは分からないが、私にはなんとなく助けられた女性たちは、彼の母親に雰囲気が似てる気がしたんだ。

 もしかしたらあんたも、母親と同じところがあるのかもしれない。私にはまだ分からないけどね」

「…………」


 あたしと母親を重ねているということか、とクミは感じ、鼻を鳴らした。


 正直、今のばあちゃんの話はどうでもよく、さっきから自分が汗でベタベタしているのが気になっていた。


「汗を流したいのかい? 隣の部屋のバケツに水が汲んであって、タオルが干してあるから使ったらいい」


 ばあちゃんは、クミのそのしぐさと顔の光る汗を見て、そう言った。


 超能力者なのか、と一瞬疑い、クミは倦怠感のある体を動かし、隣の部屋へ向かった。


5へ続きます。

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