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第七十六話:マオの母親②

 人やロボットが国中からたくさん集まってきたこの街は、綺麗なものだけが表に見えていて、汚いものは裏に追いやられている。ゴミや死骸、お金がなくて住民票がもらえなかった貧乏人……。


 モデル地区に指定される以前から存在するボロボロな建物を壊し、綺麗なビルディングを建てる事業が、この街では絶えず続いていて、今クミが少年の後を追って走っている、人がやっとすれ違えるほどの道でも、建物の上の方から少しずつ解体する作業が行われている。


 ただ、あまりに大きな街のため、重機や作業ロボットの数が足りず、まだまだ汚い存在が棲む場所は、多く残されていた。




 幼いころから街の裏側で生きてきたクミにとって、逃走する人間を捕まえるなど、造作もないことだ。


 彼女は、すぐそばにいた作業ロボットから端末を奪い取ると、それをいきおいよく投げた。運のいいことに、それは少年の太ももの裏に命中し、彼をすっ転ばせた。


 うつ伏せで倒れ、盗んだ物を派手に散らかした少年の背中に、クミは馬乗りになる。


「うっ」


 乗っかられた彼は息がしづらくなり、顔に血液が集まって赤くなった。もぞもぞと毛虫のようにわずかに体を動かし、なんとか気道を確保する。


「こ、これはぼくのだ……誰にも渡さな……あれ、ない……」


 か細い声で訴える少年は、盗んだ食べ物を散らかしたことに気づき、それが落ちているほうに右手を伸ばした。しかし、届くことはない。


「何言ってんだ、あれはあたしがもらうし、お前はこれからさっきの店員に捕まるんだよ」


 クミは、ハハハと高笑いしながら、上着の懐からロープを出し、彼の手首を縛った。この状態で突き出せば、店の男からお金をもらえるはずだ。そう思っていると、


〈端末、発見〉


 無機質な音声を出して、先ほどの作業ロボットがガシャンガシャンと走ってきて、奪われた端末を拾った。そして、


〈私の端末を奪った容疑で、警察へ行きます。二人とも、同行してください〉


 そのロボットは、クミの手首をつかんで立たせ、少年から引きはがした。彼女が逃げないように、しっかりつかむ。


「ちょっ、部外者が入ってくんじゃねぇよ。……っていうか、痛いから離せ」


 クミは必死に抵抗するが、ロボットに力でかなうはずがない。


〈乱暴しないでください。そちらの男性も、事情を聞かせてください〉


 ロボットはクミを連れながら少年も捕まえようとするものの、彼はすばやく身をひるがえし、立ち上がってかわした。


 このまま連行されたら、警察に逮捕されてしまう。それはまずい。クミはたくさんの冷や汗をかいている。


 一方少年は、このまま逃げてしまおうか、あるいは別の行動にでるか、考えていた。逃げてもいいが、このロボットに顔を覚えられてしまったから、次こいつに出会ったら捕まるだろう。


 その時、少年は「ハッ」と息をのんだ。クミのお腹が視界に入り、彼女が妊娠しているのでは、と疑いを持った。


 そして、彼の中で意志が固まった。




 彼は、ロボットの上半身めがけてへドロップキックしていた。


 ロボットはバランスを崩して倒れ、頭部を強打した。そして、電源が落ちてしまった。


「うおっ!」


 手首を握られたままロボットが倒れたので、それにつられて彼女も倒れこむ。


 間髪入れずに少年はロボットの頭部近くにしゃがみ、ロボットの体の突起物で手首のロープを引きちぎると、ズボンから小さな工具を取り出し、その頭部のある部分をいじくり始める。そして、小さな記憶装置を引っこ抜いて、自分のポケットに仕舞った。


 立ち上がって、ふう、と安堵の息を吐いた少年は、


「頭、打ってませんか」


 クミへそう優しく尋ねた。


「……打ってねぇよ。とっさに受け身とったからな。それより、なんであたしを助けた」


 ロボットの手を振りほどき、その場にあぐらで座った彼女は、見上げて彼をにらむ。


「あなたのためだけじゃないです。ぼくが次捕まらないように、です」


 彼は、含みのある笑い声を出した。


「なんで笑ってやがる」


 気持ち悪いものを見るような目を、彼へ向ける。


「これであなたは、ぼくに借りが出来ましたね。どう返してもらおうか、言ってもいいですか」

「は……? おい、さっきのはお前が勝手にやったことだろうが」

「ぼくが危険を顧みず助けなかったら、今頃あなたは警察に捕まってます。その意味分かりますよね」

「…………」

「あなた、妊娠してますね」

「……だったら?」

「ぼくは、ばあちゃんと一緒に暮らしています。良かったら、産むのを手伝いますよ」

「……何が望みだ」

「はい、ぼくにこのクソな街で生きる術を教えてください」

「なんだ、そりゃ」


 少年はクミに手を差し伸べ、立たせた。


「さっきぼくを押し倒した時、とても手慣れていると思ったので。ぼくは弱いから、強くなりたい」

「そんなの知ったことか」

「子どもを産みたくないんですか」

「……人間の内臓は高く売れるから、産んでおきたい」

「……えぇ、そんな理由ですか」


 少年は苦笑いをしたものの、すぐに優しい笑顔になった。


「ともかく、これで取引成立ですね。妊娠したら走るのも大変でしょうから、何かを盗むのも大変でしょう。ぼくが助けますよ。あなたにとって悪い話じゃないと思いますが」

「……少しでも変な行動をしたら、お前を殺す」

「ええ、いいですよ。じゃ、行きましょうか。作業ロボットが工事現場に戻ってこないのを怪しまれてここに来られたら、面倒です」


 そして少年は盗んだ食べ物を拾い、彼女を連れて路地のさらに奥へ歩き始めた。


3へ続きます。

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