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第五話:子どもだまし③

 五分ほど変わらない景色を走っていると、左手にテントのようなものが見えてきた。白くて丸い形のテントが、周りをビルに囲まれた空き地にいくつも建てられている。軽トラはその空き地の中に入っていった。

 もう一台軽トラが止められていた。ショウジはその隣でエンジンを切る。レッカーもショウジの軽トラの横につけた。

 テントの周りには、人影が十人ほどある。大人の女性は六人で、洗濯物を片づけたり編み物をしたりしているようだ。子どもは四人で、鬼ごっこをして遊んでいる。大人は二十代から六十代ほど、子どもは三歳と六歳が一人ずつと十二歳が二人と、年齢層にばらつきがあるように感じる。皆、長袖シャツにズボンという地味な格好をしている。

 車を降りたショウジは「ただいまー!」と手を振った。皆は一斉に手を止め、こちらに手を振り返す。子どもたちが走ってきた。

「街はどうだった?」

「儲かった?」

「お土産は?」

 彼は子どもたちから質問攻めにあっている。まあ待て、と同じく車を降りたユキとマオを紹介した。

「この人は、俺が変な人に捕まっているところを助けてくれたんだ。今夜、この二人に夕食を振舞おうと思ってる。それまで一緒に遊んでやってくれ」

 すると、子どもたちの興味はたちまち彼女たちに移った。

「名前は何?」

「何歳?」

「この子可愛いね。こっち見て笑ってよ」

「ケンジなれなれしいよー。ほら、お姉さんの後ろに隠れちゃったじゃん」

「ごめんごめん。何しろ、可愛い女の子をしばらく見てないものでね」

「こら、あたしがいるじゃない。こっち見ろ! おい!」

「ふん、あいにくだけどぼくは年下が好みなの。同い年のリンは眼中にない、ない」

「ちっ、今日の夕食と一緒に食ってやろうか」

「おお、怖い怖い。捕まらないように逃げなくっちゃ~」

 ケンジとリンはテントの方へ走っていってしまった。その後を、残り二人も追いかけて行く。

「コラ、お前ら! お客さんが来てるのにちゃんとあいさつしろ!」

 ショウジは腕を振り上げて子どもたちに怒った顔を向ける。後でするもーんという返事がすぐ帰ってきた。今やれ今! という声は完全に無視された。はあ、とため息をつく。

「すまんな。あいつらは元気だけがとりえなもので」

「いえいえ。あれくらいはしゃいでいた方が、将来いい子に育ちますよ」

 ユキは笑みをつくった。

「あんなガキたちだけど、皆人懐こいからマオちゃんもきっとすぐ仲良しになれると思うぞ」

 ショウジは少しかがんでマオに視線を近づけた。だが、彼女は目を合わせることはしない。

「どうしたんだろう。俺がおっさんだから話してくれないのかな」

「大丈夫です。夕食が出てきたら、すぐ元気になりますよ。そういう子なんです」

「なるほどな。あいつらには早く帰ってきてもらわないとな」

「あいつらとは?」

「うちの若い男衆だ。昼間は郊外の森へ狩りに行ってるんだよ。今日はシカだ。夕方には戻ってくるはずだ」

 すると、ユキはしゃがんでマオに話しかけた。

「ねえ、今日はシカ肉が食べられるんだって」

「……おいしいの?」

 話に興味を示す顔つきになった。マオは、おいしいものが食べられるかもという話しをし始めると、鼻が膨らんだり縮んだりする。

「もちろん。豚とも鳥とも違う歯ごたえがたまらないらしいわよ」

 ユキはふふっと笑った。

 彼女はロボットだから、当然ながら食事はしない。しかし、マオの食糧を調達していると、そう言う話は自然と耳に入ってくる。知識だけで話しをしても、マオは納得してくれたようだ。

「お腹空かせてくる!」

 ユキの手を離して子どもたちの方へ走っていった。ショウジのそばにいたルリも、その後を追う。

 すごいな……とショウジはつぶやいた。「しょんぼりしていた子どもを一瞬で元気にするなんて」

「子どもとの接し方は色々勉強しましたから」

 二人は、顔を見合わせて静かに笑った。


 テントは六つ設置されていて、そのうち四つは団らんと就寝のために使われているという。残りは調理場と倉庫だ。倉庫には食糧や狩りのための道具などが保管されている。

 四時を過ぎると、女性陣が夕ご飯の支度を始めた。どうしてこんな早い時間から準備をするのですかとユキが尋ねると、秋が深くなるとすぐに暗くなってしまうからと答えた。都市部ならともかく、ここは街灯など存在しないため、住民たちは焚き木で明かりと暖を取っている。その節約のため、早めに食事をして床につく。生活しているうちに自然と身についた知恵らしい。

 彼女たちは、じゃがいもやにんじんなどの野菜を持ってきて大きなザルに入った水で手洗いしていた。水は北の湖から定期的に汲んでいると話してくれた。

「手が空いているので、私も手伝います」

 ユキが袖をまくっていると、

「いいって。お客様を働かせちゃいけないよ」

 と主婦たちに笑われた。

 追い払われる形となった彼女は、辺りを見回した。少し離れたところではマオが子どもたちと走り回っている。そこに混ざってもいいとは思ったが、まずはショウジさんはどこだろうと探した。何か時間をつぶすような仕事はないものか。

 テントの影に顔をのぞかせると、地面にあぐらをかいている彼を発見した。彼はビニールシートの上にいて、猟銃を手入れしていた。バラバラにしていることから、かなり本格的なメンテナンスだ。

「銃の手入れですか」

 横からのぞきこむと、ショウジは驚きもせずうんとうなずいた。

「若いやつら、掃除するこっちの身にもなってほしいもんだ。使い方が荒くてすぐ汚れちまう」

 短いため息を強めに吐いた。

「そうですね。貴重な商売道具ですから」

 ユキは同情するようにうなづいた。そんなんじゃねえよ、と彼は手を止めて彼女を見上げた。

「これは俺たちの命をつなぐ大切なものだ。適当に扱っていいものじゃない。俺は若い連中に、銃を女だと思えといつも言っている」

「女、ですか……?」

「そうだ。女を気持ちよくさせるために、お前らは一体どんな手付きをするんだ、ということさ。ユキちゃんも分かるだろ?」

「……全然分かりませんけど」

「おいおい、あんたは女に触ったことないのか? 筋肉に覆われた男の体とは違って、女の体は赤ん坊を優しく包むための脂肪が備わっていて柔らかい。つまり、体の構造が異なるんだ。男と同等に接していたら、体を痛めつけ――」

 あの、とユキは冷静に話しをさえぎった。「私は一応女なので、そういう話しは……」

「いいじゃねえか。時期が来れば誰もが相手をそういう気持ちにさせることができる。いずれはあのマオちゃんだって――」

「マオを性的な話題に挙げないでください。まだ彼女は純真無垢であってほしいのです。大体、女である私にそんな類の話しをすること自体、あなたの人格を疑います」

 眉間にしわを寄せるユキに、ショウジは同じ表情を返した。「は?」とすっとぼけた声を出す。

「……何を勘違いしているか知らんが、俺はマッサージの話をしているんだぞ?」

 意外な言葉に驚いて彼女は別の表現ができず、「は?」と返事した。

「女は家事をしているだけではなく、俺たちが留守の間ずっと家を守り続けてくれているんだ。そんな体は毎日疲れているはず。俺だけでなく、ここに住むほとんどの男は女に体をもみほぐすマッサージをしている。明日もまたよろしくってな」

「そ、それじゃ『いずれマオだって……』と言ったのは?」

「力がつけば、マッサージもしやすくなるだろ」

 ユキはポカーンと口を開けた。話がかみ合わないと分かった彼は、再び銃の手入れを始めた。

 彼女は逃げるようにその場を離れた。


 夕焼けが半分ほど沈んでいる。東の方に目をやると、空の半分ほどまで夜が押し寄せてきていた。

 だるまさんが転んだという遊びを子どもたちから教わって遊んでいたマオは、空き地に入ってくる車のエンジン音を聞いた。「おーい」という若者の声もする。その方向に振り向く。

「あ、お兄ちゃんたちが帰ってきた!」

 四人の子どもは遊びを中止すると、我先にと男たちを目指して走っていく。体力の差からか、歳が上の順に先に車へたどりつく。

「ただいま。今日はシカだぞ!」

 男は全部で四人だった。軽トラの運転席と助手席、そして荷台にも乗っている。荷台の二人が、狩った獲物を披露する。

「すごい! 肉の塊だ!」

 五歳の男の子がタイヤから荷台へよじ登ろうとする。だが、リンに捕まって止められた。危ないでしょ、と軽く頭を叩く。男の子は、もーっとほっぺたを膨らませた。

「へえ、もう捌いたんだ。早いね。いつもは狩ってそのまま持ってくるのに」

 背の高いケンジは、荷台の肉を隅から隅まで見ることができた。今日は皮と肉に分けられている。頭の姿はない。

「まあな。たまにはお袋たちを楽させてあげたいから」

 男たちの中で一番身長が高くて体つきがいいリーダー格の男が頭をポリポリと掻いた。

「あれ。そこの二人のお嬢さんは誰だい? 見かけない顔だね」

 荷台に乗るもう一人の小太りの男がユキとマオを順に指さした。

「お客様だよ。ショウジが困ってた所を助けてくれたんだって」リンが二人と手をつなぐ。

 親父が? リーダー格の男が首をかしげた。「痴漢でもやらかしたか?」

「おいおい、自分の親父だろ? 少しは信用しろよ。そんな人じゃないことはお前が一番分かってるはずだ」

 助手席から声だけ聞こえた。冗談だよ、と笑いながら返事した。

「よし。さっさと調理場に持っていって肉じゃがに入れてもらおうぜ」

 ハンドルを握る小柄な男がニカっと笑った。白い歯が薄暗い空き地で目立つ。

 車動くぞーと子どもたちを追い払った。発進すると、彼らは歓声を挙げながら走ってついていく。

 マオは彼らに負けじと一番前を目指して駆けていく。さっきの遊びで、すっかり仲良しになったようだ。少ししてケンジとリンに手をつながれ、一緒に走っている。

 そんな子どもたちを、ユキはゆっくりと歩きながら追う。ルリも走る気はないらしく、彼女の手を握って周りの景色を楽しんで散歩するように歩いている。

「ルリちゃんは皆と行かないの?」

 ユキは一応聞いてみた。

「そうしたら、ユキちゃんが一人ぼっちになっちゃうでしょ。わたしは大人だもん。誰かを放っておくなんてことしないし」

 ふふんと、ルリは胸を張った。どうやらこの子、おませちゃんのようだ。

「優しいね。だから、カラスにもエサをあげてるの?」

「お互い助け合って生きていくことが必要だって、おじいちゃんが言ってるもの」

 ルリはユキを見上げて微笑んだ。右ほおにえくぼができる。

「おじいちゃん? さっきは見なかったわよ」

「いつもは外に出て道具の整理をしてるんだけど、今日は風邪を引いてるっぽいからテントの中みたい」

「そう……」

 ルリに向けていた視線を前に戻した。子どもたちはすでにテント近くにいて、軽トラを取り囲んでいる。その中には調理をしていた女性たちも混じっている。

「さあ、何か手伝えることがあるかもしれないから、急ぎましょ」

 ルリは手を引かれてゆっくりと走った。「わ」と地面から飛び出している石につまづくが、ユキの腰に抱きついたおかげで倒れずにすんだ。


4へ続きます。

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