第七十五話:歯の抜けた話
大きな岩と石ころと砂利しかない荒野を、レッカーに乗って移動していた時です。
「あ」
助手席にいるマオが、何かに気づいて口の中から出しました。「お姉ちゃん、歯が抜けた」
運転はレッカーに任せているので、腕を組んで目を閉じ、スリープモードに入っていたユキは、間の抜けた声に目を覚ましました。
「抜けた?」
ユキは、マオの右手にのせている、白くて小さな固形物をのぞきこみます。確かにそれは乳歯でした。
「本当ね。マオの年で抜けるのは、少し早いのかしら」
お姉ちゃんは、データベースから歯の生え変わりについて、情報を呼び出します。一般的には、六歳から十二歳までの間に起きるようです。
「これ、どうしようか」
マオは自分の歯を、まるで未知の物を発見したかのような気持ちで持っていました。何しろ、歯が抜けるのは初めてで、こうして口の外に一本だけ存在するのが、彼女にとって珍しいことなのです。
「捨ててもいいんじゃない?」
いくらマオの物とはいっても、乳歯なんてユキには興味のないものです。彼女の関心は、次の町での仕事内容に移っていました。
「えー、とっておきたい」
思いつきもしなかった妹の言動に、明後日の方に逸らしていた顔を、マオに戻します。
「なんで?」
「だって、おばあちゃんになったら、歯が抜けるんでしょ。そしたら、これを付ければいいじゃん」
「入れ歯を付けたほうが安上がりだと思うわよ」
「えー、でもとっておくの。ねぇ、お姉ちゃんが持っててよ」
「わたしが?」
「あたしが持ってるとなくしちゃうから」
「……分かった」
確か、お菓子の小さな空き箱があったはずです。それを見つけて入れ、懐にしまいます。
マオは、自分がおばあちゃんになっても、ユキと当たり前にそばにいると思っているようでした。
はたして、そうなるか、あるいは……
ユキが高性能と自負する人工知能でも、こればっかりは分かりません。
次話をお楽しみに。




