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第七十四話:定期列車④

 レッカーに乗って村の広場に戻ると、五十人以上の村民が集まっていた。皆、不安そうな顔をしている。


 広場には、オフロードカーが停車していて、その運転席で若い男の人が周りの人に説明していた。


「何があったんだ」


 村長がその運転手に震える声で尋ねる。


「俺、山仕事の帰りに、停まってる列車の横を通ったんだ。そしたら、一番先頭の車両から細い煙が昇っていてさ。周りで慌てふためいてる職員のロボットに訊いたら、電気系統がショートして引火したらしいって。それで、届けるはずだった荷物を急いで運び出してたな」


 若い男のその言葉に、村民たちに緊張が走り、一斉に顔がこわばる。


「……何か職員は他に言ってなかったか」


 村長が焦りをにじませた声色で訊く。


「ええっと……『火災が広がっている。消火は何とかするから、荷物の運び出しと、燃え移らないように列車の周りの木々を伐採してほしい』……だったよ」


 木を……。山に囲まれたこの村に住む人々は、最悪の事態が脳裏をかすめた。彼らは、あちこちで顔を見合わせ、不安げな表情をしていたが、


「助けに行くぞ!」


 村長の野太く大きな声は、広場に集まるすべての人々の耳に届いた。「あの列車は、カリネ村の生命線だ。彼らは今まで私たちを助けてくれた。向こうが困っているなら、今度はこちらが助ける番だ。そうだろ?」


 村長が周りを見渡すと、


「おおー!」


 賛同して拳を高く振り上げる男たちや、怖いと思いながらも決意を固めた女性たちの姿が目に焼き付いた。




 村民の意思を確認した長は、


「車に分乗して出発するぞ。乗員制限なんて知るか。ぎゅうぎゅう詰めでもいいから、一人でも乗るんだ」


 体力に自信のある男女にそう指示し、


「あなた方は、ここに残って子どもたちと一緒に集会場で待機してください。村を守るのも立派な仕事です」


 十名ほどのお年寄りに、そうお願いした。




 村民たちがそれぞれの車に乗り始めるのを確認した村長は、


「ユキさん、協力してもらえませんか。村民が仕事で使っているチェーンソーを、レッカーさんの荷台に載せて現場まで運んでほしいのです」


 と、自分たちは何をしたらいいか考えていたユキに、そう嘆願した。


「ええ、分かりました。わたしたちは、この広場で待っていればいいですか」

「はい。今、ここまで持ってこさせているところなので」


 三分ほど待った後、二十台のチェーンソーが、村全体からかき集められ、レッカーの荷台に載せられた。


 ユキが、青いビニールシートとロープでそれらを固定する作業をしていると、


「ええっと、あたしもついていってもいい……?」


 周囲の人々の緊張感が伝わってきて、不安な顔をしているマオが言った。


 その声に作業を止めたユキは、荷台の上に立ってマオを見下ろす。正直、この子の出番はないと思った彼女は、


「村長、すみませんがマオを集会場で一緒に預かってもらってもいいですか」

「分かりました。……えっと、マオちゃん。集会場で、子どもたちが怖がって身を寄せているんですけど、良かったら、一緒に遊んで元気づけてほしいのです。できますか?」


 子どもとよく接している彼は、しゃがんで目線を合わせ、落ち着いた声でお願いした。


「うーん、本当はお姉ちゃんと行きたいけど、それなら仕方ない」


 マオは納得し、村長に連れられて集会場へ入った。


 村長がレッカーのところに戻ると、ユキはすでに作業を完了させていた。


「またレッカーさんに乗ってもいいでしょうか」

「ええ、どうぞ」


 ユキのその声を聞いたレッカーは、助手席のドアを開けて、こちらから乗るように彼を促す。


「ありがとうございます」


 そして、二人と一台、そして多くの村民が乗った車は、列車の元へと急行した。




 突然現れたカリネ村の住人に、列車の職員たちは驚きを隠せていなかった。


「ほ、本当に来てくれるとは……」


 オフロードカーの運転手である若い男に助けを求めた職員ロボットは、無人駅の建物しかないこの場所に、たくさんの車と人がいることにうろたえる。


 すると間髪入れずに、


「おい、指示をくれ。肉体労働に自信のある人材はいっぱいいるぞ」


 オフロードカーの運転手がそのロボットに、緊張に満ちた表情で言った。


 その言葉に、職員たちが集まっている奥から、村民たちになじみのある人間であるコウがやってきて、


「皆さん、ありがとうございます。一刻を争うので、さっそくお願いします。では――」


 コウは村長と共に、村民たちに適切な仕事をお願いした。貨物室から大量の荷物を運びだす班と、細い煙がのびている先頭車両に近い木々や、木造の駅舎を破壊する班に分かれた。


 さすがに駅舎を壊すのには、職員にも村民にもためらいがあったが、


「やらないと最悪、広い範囲で山火事になります」


 やってください、とコウが頭を下げたのを見て、彼らは決心がついた。


「ユキさんは、列車から運ばれてきた荷物をレッカーさんにありったけ積んで、車両からある程度離れたところまで避難してください」


 村長のその発言に、


「分かりました。傷一つつけません」


 運送のプロとして、堂々とした口調で答えた。




「では、作業開始!」


 全員に説明が終わり、村長のかけ声で、皆が一斉に動き出した。




 作業がすべて終了したのは、およそ二時間後だった。


 半分ほどが取り壊された駅舎の前に広がる空き地で、なんとか最悪の事態を避けられたことに、皆安どしている。


「まさか、作業中に先頭車両が爆発するとは……」


 コウが村長の隣で、沈んだ顔をした。


「相当古いタイプの列車なんですよね。だったら仕方ないです」


 村長がコウの肩を軽く叩き、励ます。


 二人はその先頭車両を見た。窓ガラスはすべて吹き飛び、大きな炭のように黒こげになっている。


「誰もケガしなかったのが奇跡ですね」


 ユキが二人の前で小さく微笑む。彼女の左頬のあたりが黒くなっている。


「あの、ユキさんのほっぺた汚れてますよ」


 コウがその左頬を指さした。


「ああ、そうでしたか。たぶん、爆発で倒れて道をふさいだ木を触った手が、汚れてしまっていたようです」


 彼女は左袖で頬をぬぐった。


 その間に、コウと村長が何か話し始める。そして、


「ユキさん、実は仕事の依頼があるのですが……」


 コウの言葉に、


「なんでしょうか。聞きましょう」


 彼女は少し目を輝かせた。




〈今ごろ、カリネ村では宴で盛り上がってるだろうな〉


 レッカーは、列車のいる場所からカリネ村を通りこした、森の中の一本道を走っている。


 分析するように冷静に言った彼に、


「マオの好きそうな食料をいっぱいもらったから、いいわよ。それに、これを早く届けなくちゃいけないし」


 ユキは右手でハンドルを握りながら、左手の親指で荷台を示した。列車が持っていた荷物がありったけ載せられている。


〈しかも、村にはまだ荷物が残っているから、いったん山向こうの街に行って納品した後、また村に戻らなくちゃいけないんだろ。山道が大変なのに、よくこの仕事続けるなぁ〉

「ちょっとね、あの村の人たちが列車を大事に思っているのが、うらやましくなって」

〈うらやましい?〉

「わたしたちは旅人。その場限りの関係だから、あそこまで感謝されるのって、なかなかないから」

〈お前も村の人たちに感謝されてるだろ〉

「だけど、この仕事が終わったら、別の町に行く。今までそうしてきたから、これからもそうする」

〈あの村なら、移住しても喜ばれるぞ、きっと〉

「それよりも、わたしは色んな場所で仕事をしたいし、色んな景色を見たい。マオにも見せてあげたい」

〈そうか、なら仕方ない〉

「でしょ」

「ねー、お腹すいたー。お菓子食べてもいい?」

「……いいわよ」


 ユキは優しく笑い、お菓子の小さな箱を一つマオに渡した。




 カリネ村に戻るとき、山向こうの街のお土産でも買っていこうか。ユキはそう考えた。別にマオ以外の人間には興味のない彼女だが、あの村人たちの笑顔なら、また見たいかもしれない。


 平坦な道になり、ユキはアクセルをさらにふかした。

次話をお楽しみに。

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