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第七十四話:定期列車③

 村長の家の玄関の前に、子どもが十人ほど立っていて、めったに来ないお客の様子をうかがおうとしていた。そして、ユキとマオがドアを開けて出てきた姿を見ると、彼らは駆け寄ってきて、


「ねえ、どこから来たの」

「若そうなのにもう仕事してるんだね」

「外の話が聞きたい! いっぱいお話しよ!」


 と、質問攻めにされた。


「どうやら、ユキさんたちのうわさは、もう子どもたちにまで広まったようですな」


 村長は静かにほほ笑んだ。


 ユキは、子どもたちに囲まれて困惑しているが、マオは、


「ええっとね、あっちから来たよ!」


 元気よく、東の方角を指さした。


〈確かに間違ってないが、大ざっぱだな〉


 子どもたちの奥でエンジンを切って停車しているレッカーが、苦笑する。


「あっちって、いつも列車が向かってくる方だよな」

「列車壊れたんでしょ? 大丈夫なの?」

「あー、だから代わりに荷物を運んできたんだ。きゅーせーしゅ、ってやつ?」

「そうそう、あたしとお姉ちゃんとレッカーは、きゅーせーしゅ!」


 子どもたちだけで話が盛り上がっていた。


「マオ、そろそろ行くわよ。村長さんを待たせちゃ悪いわ」


 背後から妹の右肩に手を置き、振り向かせる。


「うん、分かった!」


 甘いジュースを飲んで機嫌の良い彼女は、右手を上げて返事した。


「俺も行く」

「わたしも」

「ぼくも」


 他の子どもたちも同行を申し出たが、


「君たちは、家の仕事を手伝いに行きなさい。いつまでも側を離れていると、お父さんお母さんたちが心配するから」


 村長に諭され、仕方なくそれぞれの家に戻ることにした。そして、不満そうな顔をしながら、お客さんを何度も振り返りながら、帰っていった。そして彼はユキを見て、


「山にはみかん畑があります。レッカーさんに一緒に乗せていただけますか」




 村長の家から二百メートルほど走ると、山へと登っていく広い道がある。その道は、左右に高く立つ木々のせいで薄暗い。


「緑のトンネルだねぇ」


 助手席のウインドーから空の方を見上げるマオは、そうこぼした。風で静かに揺れて木漏れ日が絶えず変化していく様が、彼女は面白いと感じていた。


「ライトつけてレッカー」


 運転席でハンドルを握るユキは、彼にそう指示する。その瞬間、進行方向が明るく照らされた。


「いい表現ですね、緑のトンネルとは」


 二人の間に座っている村長は、感心して何度もうなずく。「この先にみかん畑があって、手伝いをする子どもたちは皆ここを登るのですが、それを嫌がる子が多いのです。お化けが出そうだから、と。怖がらない子どもは珍しい」

〈確かに、周りの藪から何が飛び出してきてもおかしくなさそうだ〉


 道沿いに群生している背丈の高い雑草を見ながら、レッカーは苦笑する。




 五分もかからないうちに、みかん畑に到着した。等間隔にみかんの木が植えられていて、それらには、オレンジ色の実とまだ青い実が、混ざって生っている。


 道の端に停車し、外に出てみると、マオの鼻がみかんの香りを嗅ぎとった。


「すっぱい匂いがする」


 マオは、犬のように鼻をひくつかせる。


「収穫の時期になると、これが甘い香りに変わるんですよ」


 彼は笑みを浮かべながら解説する。


「作業している人の姿がないわね」


 ユキは辺りを見回し、そうレッカーに向けて言ったが、


「ああ、もう少し奥の方にいるはずです。呼んできましょうか」


 小さな声も見逃すまいと、村長が答え、提案した。


「えっ、いえ、結構です……」


 思いがけない返答に、ユキは少し困惑する。


〈まるで営業マンみたいだな、村長は。この村の宣伝に必死なのが分かる〉


 レッカーが独り言のように言った。彼の声は人間に聞こえないから、村長にも届かない。


 彼の独り言を聞いていたユキは、村長が左手に、みかんがたくさん入っているネットを持っているのに気がついた。


「実は、お二人に完熟したみかんを食べていただきたいのです。これは、特別に室内で急速に熟させたもので、一年中村民たちや周辺の村々の人たちに食べてもらえるようにしました。味は、自然に育ったものと変わりません。どうぞ」


 彼はユキとマオに一個ずつ渡す。


 マオはさっそく皮をむいて、一かけらを口に入れた。


「甘いねぇ」


 凝縮された味に、マオは大満足し、すぐに一個分を平らげた。


「確かに、糖分がとても高いわ。マオがおいしそうに食べてるんだから、間違いないでしょうね」


 ユキは本当に一かけらだけ体内に入れて分析し、残りはマオにあげた。


〈そんなにおいしいなら、大きな街まで運んで売ればいいんじゃないか〉


 レッカーのそのつぶやきを、ユキが村長に伝えると、


「そうでしょうか。おいしさには自信はありますが、ただ、売るとしても、これを運んでくれるトラックがあるかどうか……」


 村長は、ちらっとユキとレッカーを見たが、彼女はそれを無視した。


〈そろそろ、食べ物は運ばないっていうこだわりは捨てたらどうだ、ユキ? 儲けるチャンスを逃すんじゃないか?〉


 レッカーの助言に、


「よほどのことがあれば、考える」


 村長に聞こえない声で、冷静に答えた。




 すると突然、


『列車が燃えた!』


 村の数か所に設置されている防災スピーカーから、男性の緊張した声が響いた。


4へ続きます。

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