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第七十四話:定期列車②

 列車が停車している駅から十キロほど離れたところに、また別の無人駅があり、それはカリネ村の郊外に建っている。駅の出入り口辺りは、荷物を受け取りに来る村民の車が多く乗り入れられるよう、黄土色の土がむき出しになった広場になっている。


 カリネ村は、畑を耕して自給自足をしている村だ。村民は八十人ほどで、比較的若い人が多い。



 見慣れないクレーン車が現れたのを見た村民たちは、作物のお世話をしている手を止め、何事かと畑から村道へ上がってきた。


「なんだい、君は」


 十人ほどの人たちを代表して、三十代の男性が、農薬をまくドローンの操作を、小さな端末でオートモードに切り替え、停車しているレッカーの運転席に近づいてきた。彼は少し警戒している声色で、懐に入っているナイフをいつでも取り出せるように、上着のチャックを半分ほど開けた。


「わたしはユキと言います。いつもこの近くの駅まで来る列車が事故に遭ったので、荷物をこの車に積み替えて運んできました。コウさんが、よろしくお伝えください、と言っていました」


 運転席のウインドーを開け、右ひじを窓にのせながら、そう答えた。


 すると、男性はコウという人物の名前を聞いて表情を明るくし、


「ああ、そうだったか。警戒してすまない。この村は女子供が多いから、どうしてもな……」


 申し訳なさそうに言った。


「いえ、気にしてませんから。それより、この荷物はどこへ置けばいいですか」


 ユキは、ブルーシートと縄でしっかり固定された荷台の中身を、親指で示す。


「村の真ん中に広場があります。そこまでご案内しますね」


 男性は、畑にドローンを残し、レッカーに先導した。


 仕事に戻った他の人たちを尻目に、ユキはゆっくりとアクセルをふかした。



 広場は、村民が全員集まれるほどかなり広く、真ん中に高さ十五メートルほどの見張り台が建っている。カメラで二十四時間監視しているという。


 ユキとレッカーが荷物をすべて下ろし終わると、七十代の男性がニコニコ顔で近づいてきた。


「ここまで届けてくださって、ありがとうございます。仕分けはこちらでやりますので、私の家で休んで行かれてはどうでしょう」


 ちょうどのどが渇いていたマオは、


「ジュース飲みたい!」


 と、お姉ちゃんの袖をつかんではしゃぎ始めた。


「こら、図々しいわよ」


 ユキが注意したが、


「ジュースもあります。村の子どもによく飲ませるんです。お姉さんもどうぞ」


 彼は自分の家へ歩き出した。



 彼の家は質素だが、入り口のすぐ近くに応接間があった。


「私は村長なのですよ」


 そう名乗った彼は、台所にいた奥さんに、ジュースを二つ出すように言った。


 それで、と村長は緊張した顔に変わり、ユキに尋ねる。


「先ほどユキさんたちが到着した時、列車に事故が起きた、とお聞きしましたが、それはどの程度のものでしょうか」

「列車の職員に聞いた話だと、老朽化した線路が破断したのが原因で、先頭車両が脱線した、とのことでした」

「復旧までどれくらいかかりますか」

「修理用の列車が、二百五十キロ離れた都市部の車両基地から向かっていますが、道中に山岳地帯があるため、現場に到着するのに一日はかかるそうです。その後、線路だけでなく、車両の部品も交換が必要なので、さらに二日を要します」


 はぁ、と村長はため息をついた。


「お嬢さんたち、どうぞ」


 奥さんが微笑みながら、ガラスコップに入ったみかんジュースをユキとマオの前に置いた。


「いただきます!」


 マオは元気よく言い、大きなコップを小さな両手で慎重に持ち上げ、口に運び、のどを鳴らす。


「村のはずれにある山で栽培しているみかんを使ったジュースです。甘い品種なので、子どもに人気なんですよ」


 木のお盆を持ってユキの横に立つ奥さんが、柔らかい笑顔を浮かべながら言った。そして、途中になった家事を済ませるために、また台所へ戻った。


 おいしそうに飲んでいるマオを見てユキは、


「これも飲んでいいわよ」


 自分の前にあるジュースを、妹のところにずらした。


 マオは、その味を楽しむのに夢中で、コップを持ったまま「うん」と生返事しかしない。


 そんな姉妹の様子を嬉しそうに見ていた村長は、


「それにしても、助かりました。こんな辺境まで来てくれる運送業者が、列車の他にいるとは、思ってもみませんでした」

「……この村は、あの列車に頼っているのですね」

「ええ、その通りです。食料は、この村で獲れるものや、少し離れた隣の村からの仕入れでどうにかなりますが、その他の生活に必要なものは、今や列車しか届けてくれなくなりました。トラック業者に何度もお願いしたのですが、採算が合わない、と断られるのです」


 そうだろう、とユキも納得した。この一帯は山に囲まれていて、車だと山越えをするのが大変だ。実際、レッカーも〈疲れた〉と、こぼしていた。


「ユキさんたちは、私たちが言うのも変でしょうが、物好きなのですね。この村に何か特別なこだわりが?」

「この村というよりも、列車の会社に縁をつくろうと思っていまして」

「なるほど。かなりの大手ですから、顔を覚えてもらうのはいいことでしょう。……つかぬことを聞きますが、ユキさんはこの村と契約する考えはありませんか。物を運んでくれる存在が増えてくれるのは、私たちにはありがたいのですが」

「……すみませんが、わたしたちは旅人で、特定の場所で仕事を続ける予定はありません」

「そうでしたか。それは残念。ですが、せっかく来ていただいたので、良ければこの村を見ていかれませんか」


 村長は相変わらずのニコニコ顔だが、ユキにはその声色で、自分たちの村を外の人間に知ってもらおうと必死な風に感じられた。


 マオにジュースをごちそうしてくれたことだし、見学くらいしてもいいだろう、とユキは考えた。どうせ仕事はもう終わっていて、後は村を去るだけなのだから。


「分かりました。マオとレッカーも、邪魔でなければ連れていきますが、いいですか」

「レッカー、というのは、表にいるクレーン車のことですよね。ええ、農業用の車両が通れるように、道は広くつくってあるので、ご一緒にどうぞ」


 二人が話をしている間に、ジュースを飲み終えたマオが、他に面白いものはないかとキョロキョロしていたから、


「もうジュースはいらないですか」


 村長は、テーブル越しにマオへ顔を近づけて尋ねる。


「うん、もうお腹いっぱい」


 マオは小さなゲップを一つした。


「それでは行きましょうか」


 村長は、革製のイスから立ち上がった。


3へ続きます。

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