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第七十三話:イチョウの木

 ユキたちは、大きな街の大通りにいた。


 そこは、花壇もなく街路樹もないから、自然を感じる要素はどこにもなかった。すべてがコンクリートに囲まれた場所だ。


「この歩道に、落ち葉を敷き詰めたいんだよ」


 たくさんの人やロボットが行きかう歩道ながら、この一ブロックだけは、今ユキと話をしている人間の男の私道で、ここで彼が何をしようが自由だ。


「今は秋なのに、ここに住んでいたらちっともそれを感じられないのが、ぼくの最近の悩みだったんだ。それで、この街から車で一時間ちょっと離れたところの林道に、イチョウっていう木がたくさん立っていてね、その葉がそれはそれはきれいなのさ。だから、それを集めて持ってきてほしいんだ」


 彼曰く、その林道は誰の持ち物でもないから、何をとってきても自由なのだそうだ。


「地面に落ちている葉を、ほうきと袋で集める、という仕事ですか」


 金持ちの考えることはよく分からない、とユキは心の中でつぶやいた。


「もしそれで足りなかったら、これで枝から叩き落せばいい」


 男は、さっきから持っていた金属の棒を彼女に渡した。これは収納式で、三メートルくらいにまで伸ばせる。


「葉は、あればあるほどいいよ。どうせあの林道は最近じゃ誰も使っていないし、イチョウを見に行く人もいないっていう話だし、木が丸裸になっても困る人はいないさ。君のクレーン車を駆使すれば、問題ないよね。報酬ははずむから」


 彼が用意した大きな袋一つにつきお金がもらえるという歩合制、という契約だ。


 あまり気が進まなかったが、お金のためなら、とユキはその仕事を受けることにした。



 目的の林道に着くと、ユキはさっそくほうきを使ってイチョウの葉を集め始めた。


 レッカーは、いっぱいになった袋を吊り上げて荷台に運ぶために、クレーンを地面の近くまで下して待機する。


 一方、マオは新しい遊び場をもらえたと言わんばかりにはしゃいでいて、あちこちに点在する葉を足で蹴ったり、手で拾って眺めたりしている。



 やがて、一袋がいっぱいになったところで、


「……もう落ち葉はないわね」


 まだ季節が早いため、それほど落葉は進んでいない。木の所々はまだ緑色だ。


〈棒で落とすしかないか〉


 レッカーは冷静にそう言った。


 少し悩んでいる様子のユキだったが、仕方ないという表情で、棒を最大まで伸ばし、それを使って枝を軽く叩いた。十枚ほどが新たに落ち葉となった。


 枝が叩かれて、バサッバサッという音がしているのに気づいたマオは、あわてたようにユキに駆け寄ってきた。


「かわいそうだよ。なんで叩くの」


 マオの声色は、まるで母親が子をしかっているような感じに、ユキとレッカーには聞こえた。


 ピタッと棒を動かす手を止めたユキは、そのままの姿勢で顔だけマオに向ける。


「…………」

「あたしね、この前絵本で読んだよ。木は、落としたいときに葉っぱを落とすの。だから、無理やりとっちゃダメ」


 さっきまではしゃいでいたマオの笑顔は消え、姉を見上げるその目は鋭かった。


 その目を少しばかり見つめていたユキだったが、


「そうね。わたしも良くないと思う。自然は大事にしないとね」


 手を下ろし、棒を収納した。



〈結局、無報酬だったな。せっかく一袋持って行ったのに、『これっぽっちじゃ役に立たない』って突き返されたし〉


 街に戻って、借りていた棒を返却し、「用事が出来たので仕事を辞めます」と男に謝罪したユキは、彼からの罵声を浴びながらレッカーに乗り込み、こうして大通りを走らせていた。


「報酬がかなり良くて惹かれたけど、よく考えたら楽しい仕事じゃなかったわ。いつも自分のしていることと真逆だもの」


 愚痴を言いながら、ユキはハンドルを握る。


〈それで、いつものように木の苗を買ってきたわけか。今日は三つか〉

「ええ、全部イチョウの木よ」

〈まったく、こんなことしていなければ、もっと普段からお金に余裕があるのになぁ〉

「昔、わたしの大事だった人が、自然を愛していたのよ。これは使命みたいなものだから」



 先ほどのイチョウ林道に戻ってきたユキは、買ってきた苗を持って、近くに木が生えていないところを選び、穴を掘って植えた。


 一仕事を終え、


「さて、さっき集めた葉を使って、イモでも焼きましょうか。マオ、他の種類の落ち葉も必要だから、集めるの手伝って」


 イモ、という単語に反応し、マオはステップを踏んで、林道を歩いていくお姉ちゃんの後を追った。



 久しぶりのお客さんを歓迎するように、イチョウの木が風に揺れ、葉の擦れあう音を立てた。

次話をお楽しみに。

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