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第七十一話:ロボットのお墓③

 ジュンは、役所の車の姿が見えると急に立ち上がり、いきおいよく玄関のドアを開けて外へ出た。


「またか……」


 彼はいらだちながらそうつぶやき、


「ユキさん、レッカーで現場に連れて行ってくれないか」

「……分かりました」


 突然のことで少し動揺したユキだが、彼の語気から怒りを感じ取った彼女は、素直に従うことにした。


 彼女は、まだジュースを飲みたくてぐずるマオを説得し、レッカーの助手席に乗せ、自分は運転席に座り、アクセルをふかした。



 山を急いで走っていくと、ロボットの残骸がいくつも山積みになっている場所に、役所の車が停まっているのを、ユキとジュンは確認した。その車の周りには、ロボットの役人が三人いて、その場所を見回しながら何か話をしている。


 レッカーが役人たちから少し離れたところで停車すると、ジュンは降車して彼らのところへすっ飛んでいった。


 ユキとマオも降りたが、彼にはついていかず、様子をうかがうことにした。


〈面倒なことに巻き込まれないといいが……〉


 レッカーは、イヤそうにつぶやく。


「ああ、ジュンさん」


 役人の一人は、彼の姿を見ると、少し面倒くさそうにあいさつした。


「……こいつらを、処分するのか」


 彼は威嚇するような低い声で尋ねる。


「ええ、上の者がそう決定しました。以前からここでは不法投棄が絶えない、と把握していましたから、この辺りを管轄する我々としては、対処しなくてはならない。そういうことです」


 役人は淡々と話した。


「無残に捨てられたこいつらを、持っていくというのか」

「私共は、ジュンさんがなぜお墓をつくっているのかを理解することはできませんし、そもそもこの地は役所の管理している土地であり、あなたのものではありません。自分の土地に無断で捨てられるものを片付けるのは、当たり前のことでしょう?」

「それはそうだが……。かわいそうだとは思わないか」

「たしかに、こんなところに行き着いてしまったロボットたちを思えば、悲しくなります。しかし、いちいち感傷に浸っていては、仕事ができません。どうしてもお墓をつくりたいと言うなら、どこか別の場所へ行って、誰かから依頼を受けてお仕事にすればいいでしょう」

「……別のところへ移る余裕は、ない……」


 ジュンの最後の言葉は、消え入るような声だった。


〈ユキ、俺には役人の言うことが正しいと思うんだが〉

「わたしもそう思う。理屈が通っているもの。ジュンさんがまるで、老化で脳が委縮してガンコになった人間みたいに見えるわ」



 二日後に処分を実施します、と言い残し、役人たちは去った。


 木々で隠れて彼らが見えなくなるまでそちらを向いていたジュンは、ギーギーと耳ざわりな音を立て、ユキたちのほうを向く。


「すまないな、変なものを見せてしまって。まあ、今日で仕事が終わる君たちには関係のないことだから、気にしないでくれ」

「…………」



 それからすぐに、お墓をつくるための作業が再開された。バラバラになった部品の中に時折、四肢が胴体とつながった状態のロボットが見つかることがあると彼が言っていたので、それがないか探す作業だ。


 しばらく各々がその作業をしていたが、ある時、部品の山の陰で、何かが勢いよく倒れる音がした。


 なんだろう、とユキがマオを引き連れて見に行くと、


「ジュンさん……?」


 彼が仰向けで倒れていた。


「いいよ、このままで」


 ユキに起こされるのを拒み、彼は空を見上げる。


 とうとうか。ジュンは小さくつぶやいた。


「やはり整備を受けていないのですね」


 ユキは膝をついて座り、そう指摘する。


「バレていたか。ああ、これは贖罪なんだ。俺はこのまま朽ちるべきなんだ」

「何があったんですか」

「……俺は戦時中、ロボットを修理する仕事をしていたと話したが、実は同時に街でロボットを壊して回っていた。

 そもそも俺は、戦争そのものにはまるで興味がなかった。人間がいくら死のうが、ロボットがたくさん壊れていようが、最初は心は痛まなかった。ただ、稼げると思っただけだった。

 ハンマーや車を使って壊し、その後修理依頼を受ける。きちんと収支プラスになるように計算していた。

 色んなロボットを壊した。介護用、愛玩用、警備用……。さすがに軍所属のロボットには手が出なかったな。

 あの時は無我夢中だった。だけど、平和な時代になって考える時間が出来て、ひどく後悔した。人間やほかのロボットに愛されていた家族を、自分は大勢壊して、悲しい思いをさせていた。中には、失敗してスクラップにせざるを得ないものもあったからね。人間臭くなった、と自分で驚いたよ。

 それからは、罪を償うために勝手にお墓をつくっていた。捨てられていたロボットだったから、誰も文句は言ってこなかった。

 修理はしなかったさ。俺にそれをする資格はない」


 そこまでしゃべり終わると、彼は部品の山の一部を指さした。


「俺はバッテリーがもうすぐなくなる。だが、墓には入れないでくれ。俺の人生には価値がない。ここに転がっていれば、役人に回収される。それでいい」

「…………」


 ユキはそれに対して何も答えなかった。ただ、


「給料は?」

「……俺の家に現金がある。君たちへ支払う分しか残っていない。そこで受け取ってほしい」

「分かりました」


 ユキは淡々と相づちを打った。


 それから少しの間、売れそうなものがないか物色していたユキだったが、


〈ジュンさん、動かなくなったぞ〉


 レッカーに指摘され、ユキは立ち上がった。



〈なぜジュンさんを墓に埋めた?〉


 仕事を終え、お金を受け取り、次の町へ向かっているところで、レッカーは尋ねる。


「わたしたちに仕事をくれた雇用主を、放置して帰るのはイヤだから」

〈それだけか?〉

「彼を分解してどこかに売るなんてこともしたくないし、他に選択肢がないだけ」

〈もう、ないか?〉

「ないわ」


 人間が墓を建てるのは、大切な人との思い出を呼び起こすため、と聞いたことがある。


 だがユキの頭の中には、様々なロボットや人との出来事が記録されていて、いつでも思い出せる。


 マオはともかく、レッカーが再起不能になったら、自分の意思で彼のために墓をつくるだろうか。考えたこともない。


 考えるのは、まだ先でいい。そう結論付け、彼女はアクセルをふかした。

次話をお楽しみに。

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