第七十一話:ロボットのお墓①
そこは、草木が一本も生えていない山の中腹だ。茶色の大地が坂になり、山の頂上に向かってのびている。
目を凝らせば、車が三台横で並んで通れそうな道の端に、緑色のこけが生えているのが分かる。だが後は石ころや砂礫ばかりで、ちょっとでも風が吹けば砂が舞い上がって、景色が若干かすんで見えた。
山のふもとは深い深い森で赤や黄色に色づいていて、遠くに巨大な山脈を見ることができる。山脈の頂上には雪が積もっているようだ。
そんな山の中腹に、ほぼ一日中日陰になる谷があった。
その地面には、たくさんのタイヤ痕が刻み込まれていた。いずれも大型の車のものだ。
そして、谷のあちこちに、金属の山ができていた。それは、ロボットの残骸だ。ロボット一体形を残したままであったり、もはやどんなロボットであったかも分からないようなものまである。残骸の山は十か所くらいに分かれていた。
その金属の山の間に、いくつか人影があった。
一人は、作業服を着た少女。年齢は十四歳くらい。背は高く、髪は短く切りそろえられている。少女は、二つの大きな作業アームが伸びた黒いボックスを背負っている。作業アームで金属の山を漁り、自分の手で丁寧にロボットの残骸を集めていた。
「これらは一つのロボットの部品なのかしら……」
彼女は首をかしげながら、おそらく一体分はあろうかという部品を地面に並べる。そのロボットは人型で、人間の皮膚が被せられていない。十年以上前に製造中止になった作業ロボットだ。
「お姉ちゃん、頭を見つけたよ」
金属の山の影から、五~六歳くらいの女の子が白い息を吐きながら顔を出した。両手で作業用ロボットの頭を重そうに胸に抱えている。大きさは、人間の大人の頭と同じくらいだ。
「どこで見つけたの? ちょっと案内して」
お姉ちゃんは作業を中断し、女の子の後をついていく。
「ここだよ」
女の子が山のふもとを指さした。さびついた金属の腕や足が転がっていて、胴体らしき大きな金属の塊がうつ伏せに置かれている。
少女は女の子から頭を受け取ると、その腕や足、胴体を触って材質を確かめる。
「これも、同じロボットのもののようね」
地面が見えているところに頭を置いて、お姉ちゃんはその他の部品を拾っては集めた。そして、元の形に並べる。
仰向けに寝かされたそのロボットだったものは、無機質な目でまっすぐ空を見上げていた。空にはタカが旋回していて、獲物がないか辺りをうかがっている。
「ねえ、お姉ちゃん、ここに並べてあるロボットは、いつもみたいに売るの?」
「いえ、今回は売らないわ。あの人と一緒に、お墓をつくって埋めるのよ」
お姉ちゃんは、十メートルくらい離れたところにしゃがんで作業をしている男性を見た。
見た目は四十代前半くらい。背は高く、スマートな体つきをしている。黒いコートとズボン姿で、髪も黒いから、黒い塊がうごめているように見え、関節からギーギーと音がすることから、整備を受けていないのが分かる。
「あの人はロボット?」
女の子は男性をちらっと見た。そしてすぐに目を合わさないように視線を戻す。
「ええ、そうよ。ロボットだったわ」
そう言うと、お姉ちゃんは男性の方に歩いていく。
「待ってよー」
女の子も、足場の悪いところを避けながら後を追う。
「ジュンさん。ロボットを二体見つけました。今日はこれでいいですか」
金属の山の中に手を突っ込んでまさぐっている男性に声をかけた。
すると、ジュンと呼ばれた男性は手を止め、顔だけこちらに向ける。
「ああ、そうだな。今日はそれだけにしておこう。自分のクレーン車に載せてくれ」
彼は作業を中止し、少女が見つけたロボットを見に行った。そして目を閉じると、うつむいて数秒の間そうしていた。
「すまんな、ロボットの残骸を見つけたときは、弔いをするんだ。ユキさん、荷台に積もうか」
ジュンは、ユキという名の少女とともに、先ほどのロボットの部品を一つ一つ丁寧に両手で運んだ。
二体分を積み終わると、ジュンとユキ、そして女の子は白い車体のクレーン車に乗り込んだ。
クレーン車が走り出すと、ロボットの部品がガタガタと荷台の上で動く。時々、運転席のところに当たって鈍い音がする。そのたびに、女の子は後ろを振り向く。
「バコンっていう音、うるさいね」
女の子は背後を指さしながらユキを見た。
「我慢しなさい、マオ。もうすぐ着くから」
数分走って山を下り、やがて開けた場所に着いた。そこは崖が近く、光が降り注いで少しまぶしく、眼下には森が広がる。
人が一人入れそうな穴が三つほど掘られており、その周りにはお墓がいくつもあった。お墓には三十センチくらいの細長い木の板が縦に刺さっていて、ここへ埋められた年月が書いてある。
ユキとジュンは二体のロボットの部品をそれぞれ運び出し、穴の中に丁寧に収めた。掘ったときに出た土をすべて戻し、地面を平らにし、ジュンがクレーン車に乗っている間に用意した板をそれぞれに刺した。
「マオー、こっちへ来て」
ユキは、その辺で走り回っているマオを呼ぶ。そして三人横に並び、今できたばかりのお墓に頭を下げた。
十秒ほど経ち、三人は顔を上げる。
「お姉ちゃん、今日のお仕事は終わり?」
「ええ、終わりよ。お疲れ様」
ユキはマオの頭をなでる。
「疲れただろう。ユキさんもマオちゃんも、俺の家で休もう。またレッカーに乗せてくれ」
ジュンはクレーン車を親指で指して言った。
2へ続きます。




