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第七十話:森の中の自販機

 森の中に、様々な飲み物が入っている自動販売機があった。


 それは、街と街をつないでいる幅の広い砂利道の沿道に、一つだけ建っている。電源は、充電式バッテリーで、電気が切れるか飲み物がすべて無くなると、営業終了となる。


 気温は三十度を超えていて、その自販機は中の冷たい飲み物を冷やすため、ヴンヴンと無機質な音を森に響かせていた。


 自販機を目当てにここへ停車する車は、あまり見かけない。トラックや他の自動車も、自販機の前に止まることはなく、十分に一台のペースで、右や左から通り過ぎていくだけだ。



 今日は、その自販機のすぐ横の芝生に、人間が一人腰を下ろしていた。見た目は五十歳くらいの男性だ。農作業用の作業着を着ていて、ズボンの後ろポケットには現金の入った財布が収められている。頭にタオルを巻き、熱中症を防いでいた。


 彼は、この近くの森の中に一人小さな家を建てて自給自足の生活を送っていた。食べ物には困っておらず、ときどきここでジュースを買う程度だ。


 男はこの自販機が好きだ。一か月に一回しか業者が来ないが、そんなことは関係なく、彼にとっては他の人間との交流の場であるからだった。


 暇なときは自販機の横に座り、たまに利用しにやってくる人とつかの間のおしゃべりを楽しむ。緊密な人間関係に疲れて森の奥に引っ越してきた彼だが、知らない人間と苦労話をするのは楽しいと感じていた。



 ここに座り始めて三十分ほど経ったとき、カーブの向こうから一台の荷台付きクレーン車が現れ、自販機のすぐそばに停車した。


「来た来た」


 男は好奇心旺盛な子どものように笑みを浮かべ、立ち上がり、その車の元へ向かう。



 一方、例の自販機の前に到着したレッカーは、


〈男が近づいてくるぞ〉


 警告するような緊張した声で、ユキに言った。


「分かってるわ」


 ユキは、いつでも懐にあるレーザー銃を取り出せるように、上着のチャックを少し開け、


「頭を下げてなさい」


 男に興味津々なマオへ、そう言った。


「やあ、飲み物を買いに来たのかな」


 男が、運転席の近くまで来てそう声をかける。


「いえ、違います。仕事で、その自動販売機を撤去しに来たのです」


 ドアを開けて外に降りながら、ユキは答えた。


 すると男は突然興奮し始め、汚い言葉を大声で二言ばかり言った後、


「どうしてだ。俺がなにか悪いことをしたか。ここが無くなったら、楽しみが減ってしまう。人々から、色んなところへ行って楽しかったこと、大変だったこと、予期せぬ事故で身内を亡くしたこと……。俺だって一方的に話を聞いていたわけじゃなくて、そんな彼らに長く生きてきた者として、アドバイスやなぐさめの言葉をかけてきた。みんな、『ありがとう』と言って旅立って行ったよ」


 訊かれていないのに詳細に事を語った彼は、両手の拳を強く握っていた。


「わたしは、この自販機を管理している業者から委託されて来ました」

「なんだと?」

「今から撤去作業を始めないと、期限までに間に合いません。すみませんが少し自販機から離れてもらえませんか」

「俺は動かん。ここを必要とする人間の言い分も聞かないまま、持っていくのか。あんたの心に情はないのか」


 ユキはその男に、面倒くさいと思いながらも、元々業者が旅人などのために、ほぼ慈善事業のような形で設置していたが、会社全体のコストをカットせざるを得ない状況になり、やむなくここでの飲み物の販売を終了することを決めた、ということを伝える。


 すると男は、ベッドで夢から覚めた時のような顔をし、


「そうか……。無理して設置してくれていたんだな。憩いの場なんて、俺が勝手に思っているだけで、旅人さんたちののどを潤すっていう高尚な目的があったのか。……俺は浅はかだったよ。怒鳴って悪かった」


 申し訳ない想いを強く抱き、彼は彼女へ深く頭を下げた。



 ユキとレッカーが自販機を撤去するための準備をしているところを、男は少し離れたところで、空気の抜けた風船のようにおとなしく見届けていた。


「どうしよう……寂しい……人が立ち寄ってくれるようにするには、どうしたらいいか……」


 そんなことを、彼はぼそぼそとつぶやいている。


 彼は、頼られたかった。ほぼ人気がないところに住んでいても、他人から認められたい、という気持ちは変えられずにいた。



 すると、突然レッカーの助手席のドアが勢いよく開き、


「おなかすいた! どっか食べに行きたい!」


 マオが姉に叫んだ。



 ユキが妹をなだめている会話を何となく聞いていた男は、少しの間頭の中で考えを巡らせていた。そして、


「そうだ! 畑で育てている野菜を使って、小さいレストランを開こう! 今いるニワトリの数をもっと増やして、鶏肉料理をつくってもいいな。そうだよ、自販機が今までやっていた仕事を俺が引き継げばいいんだ。ようし、やる気が湧いてきたぞ!」



 急に興奮が戻った男は、そのまま森の中へ走っていき、姿が見えなくなってしまった。



「……なんだったのかしら、今の人」


 ユキは、戸惑いながら自販機の中の飲み物を回収し、段ボールに詰めていく。


〈生きがいが見つかったんだろ〉


 レッカーは冷静に分析した。


「今、鶏肉ってあの人言ってた? 食べたい!」


 マオの声は、風がほぼなく、自販機の電源が落ちて静かになった森の中で反響して、よく響いた。

次話をお楽しみに。

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