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第六十九話:牛の楽園⑦

 突然、真っ白な体の乳牛がシェルターに駆けこんできた。その数七頭。無我夢中で走ってきて、到着したとたん三頭が転び、横になった巨体が少し床を滑る。


 あれらは、誰の牛だろう。ユキは思った。たしか、アメリー以外にも珍しい牛を飼育している人はいたから、彼女が牛舎で彼らを解き放つことに成功した、とは断言できない。


 牛以外にも、人やロボット、車が次々となだれ込んでくる。人はみんな恐怖を顔に張り付けていた。


 あまりにもたくさん避難してくるので、アメリーがここへ来れたのか確認ができない。レッカーの周りに車や家畜がいっぱいで、視界が悪い。



 やがて、家畜だけがまばらに走ってくるようになると、


『全住民の避難を確認しました。シェルターを封鎖します。出入り口から離れてください』


 機械の音声が、地下空間の天井のいたるところに設置されているスピーカーから流れ、出入り口から鈍重な音がし始めた。そして、分厚いドアが閉められた音が響く。



 シェルターの外の安全が確認されたのは、ユキたちが避難してきて二時間後のことであった。


 出入り口が開き、人々は自らが飼育している家畜をまとめ、ゆっくりと街に戻っていく。


 レッカーも、その列に並び、徐行しながら出入り口への坂を上る。


 はあ、とマオが深いため息をついた。相当疲れた様子だ。


 レッカーが動いている間も、ユキはマオをすぐ隣に座らせ、決して離れないように腰へ手をまわしている。



 街へ戻ると、巨大な壁は地下へと収納されていた。街の郊外、つまり牧場があるところまで行くことができる。


 ただし、車で行けるのは、アメリーの家がある住宅区の入り口までだった。


 そこと牧場を隔てていた二枚目の壁を境に、木製の柵や牛舎の屋根や壁だったものが、がれきとなって水によってあちこちに押しやられ、山積みとなっている。


 アメリーは、自分の家の近くのがれきの山のそばに、唖然とした表情で立ち尽くしていた。


 レッカーのエンジン音が聞こえると、彼女はこちらを振り返り、右手を軽く上げる。


 ユキはマオを連れて外に降り、マオのペースに合わせて走って彼女の元へと行った。


「ケガは……ないみたいだな」


 アメリーは、最初に二人を見て穏やかな声でそう言った。そして小さく微笑む。


「アメリーさんは大丈夫ですか」


 見たところ、泥で部屋着がひどく汚れているが、擦りむいたり血がにじんでいたりはしていない。


「あたしは、な。でも、牧場は……」


 アメリーは牧場の方に向いた。かつて豊かな牧草が生えていたところは、半分以上が水によってはぎとられ、がれきもいっぱいで、とても牛が静かに過ごせる場所ではなくなっている。


「あたしの牛は、トラックに載せてそこにいるやつらだけだ」


 彼女は、家の敷地を指さす。大きなトラックが停車していて、十頭の牛がモーモーと鳴いていた。


「残りは、まだ見つかってないよ。生き延びているか、死んだか……」


 目からにじんだ涙を手首で拭い、アメリーはふらふらとしたおぼつかない足取りで、わが子を失った親のような表情をし、自宅に入っていった。



 水の被害は、住宅区の手前で防げたらしい、という情報を聞いたのは、半日後のことだった。


 アメリーの計らいで、マオを彼女の家のベッドで寝かせてもらい、住宅区にある集会場から戻ったアメリーがユキにそれを話してくれた。


 これからスケジュールを組んで、住民総出で街の復興にあたるという。


「まずは、あたしのを含む牧場の捜索を、やってもらえることになった。少しでも牛を救いたい」


 必ず元通りにしてみせる。彼女はそう誓った。


「そこで君にお願いなんだが……。しばらく、お手伝いをしてもらえないか。もちろん、報酬は支払う。がれきの片づけや、外から援助物資の運搬を頼みたい」

「はい、ぜひやります」


 ユキとアメリーは、固い握手を交わした。


 ユキにとって、しばらくの間働き口を確保できたのはありがたかった。だが、その依頼を受けたのはそれだけではなく、酪農という仕事に情熱を注ぐ彼女の生き様に興味がわいたからだった。


 もうしばらく、この人の考えを知りたい。同じ人間とはあまり長く関わらない主義の彼女だが、少し人間への価値観が変わったような気がする、とユキは思った。




 研究所の所長と、その委託先の牧場主の青年の遺体が、水の被害を受けたアメリーの牧場の一角で発見されたのは、数日後だった。


「損害賠償は、あいつらにすべてふっかける」


 そうつばを飛ばしながら宣言していたアメリーだが、それが叶わなかったことを残念に思った。


 この街の代表者は、国の機関であるその研究所に請求する、と宣言した。



 復興は、これから始まる。

次話をお楽しみに。

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