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第六十九話:牛の楽園④

 レッカーの運んできた部品を使って、ロボットたちが複数ある搾乳機のうち一つを修理している間に、


「乳を搾ってる工場を見せてあげる」


 と意気揚々とアメリーは、牧場の隣に建っている工場にユキとマオを連れていった。


〈やっと仕事が終わった……〉


 荷運びから完全に解放されたレッカーも、そこを見学できるとアメリーから聞いて、エンジンを楽しそうにふかせる。


「工場に入る前に、あっちを見てみな」


 彼女が指をさした方向を、二人と一台は見た。


 牧場からやってきた十頭の牛が、工場横の入り口に列をなしているところだった。


「あれは何をしてるの?」


 マオが首をかしげる。


「これから乳を搾られる牛だよ」


 胸を張ってアメリーは答えた。


「周りに従業員はいないようですが……、どうやって牛を牧場から連れてきたんですか」


 広大な放牧地をユキは見渡す。牛以外の姿はどこにもない。


「いい質問だ。実はあいつらにはマイクロチップを埋め込んであって、牛たちが乳を出したくなったら、チップから工場のAIに伝わり、機械が搾乳の準備をするのさ。ちなみに、どうやって牛たちに自ら工場へ歩いてこさせているか、というのは企業秘密だから、あまり深く考えないで」

〈なるほど。何にせよ、自動化して生産効率を上げているということか〉


 アメリーの説明に、レッカーは感心する。


「それなら、人間は現場にはほとんど必要ないのですね」


 ユキも感心しながら述べた。


「まあそうなんだけど、あたしはAIのメンテナンスとか作業ロボットの監視以外にも、ときどき自分で牛を見に行ってるよ。牛の気持ちになって、改善点を探すためにね」


 そうして三人は従業員入り口から、レッカーは車両用出入口から中へ入った。



 工場の中は人影が一切なく、いるのは牛だけだ。


 牛たちは一列になってこの建物に入ってくると、細い廊下を進み、搾乳する場所へ割り振られることになっていた。


 その様子は、天井に設置されている防犯カメラの映像を映した事務所で見られるのだが、今回はそれを二人と一台に口頭で説明しただけで、アメリーは工場奥の広いスペースに案内した。


「ここで、乳が入った大きな容器を、トラックに積むんだよ。ベルトコンベアで流れてきたそれを、無人のフォークリフトが持ち運ぶ。今日はまだやってないけどな」

〈この場所に案内したということは、俺に乳を運ばせるということか?〉


 レッカーの疑問を、ユキはアメリーに訊いてみる。


「いやいや、乳が腐らないように、専用のコンテナが必要だから、君たちにお願いはしない。まあ、後で古くなって廃棄処分する搾乳機の部品を運んでもらおうと思ってるけど、ここに連れてきたのは、出来立ての牛乳を飲ませたいと思ってさ」


 アメリーがニヤニヤと笑いながら、工場にあるもう一つの施設につながるドアを開けた。


「すまないけどユキ、車に少し待っててもらうよう言ってもらってもいいかい?」

「はい、分かりました。……そういうことだから」

〈ああ、俺は牛乳の味には興味ないから、楽しんできてくれ〉


 そう言うと、レッカーはエンジンを切って仮眠を始めた。



「うちでは、搾ったばかりの乳を殺菌消毒もしてる。全部自分でやることで、コストを下げてる」


 ドアの先には、細い廊下が横に伸びていて、目の前にある殺菌室の様子をガラス越しに見ることができる。


 その施設につながるドアは厳重に施錠されていて、さらにその先は、そこに入る人間とロボットの汚れや細菌などを除去するための小さな部屋があった。


「誰もいないね」


 ガラスの向こうの殺菌室を指さして、マオはアメリーを見上げる。


「もちろん。余計なばい菌を入れないようにしてるんだよ」


 細い廊下を進んだ彼女たちは、つきあたりの事務所に入った。



「はい、これが殺菌済みの牛乳。ささっ、飲んでみて」


 アメリーは、冷蔵庫から牛乳の入った小さなビンを取り出し、マオに渡した。百ミリリットル入りであると、パッケージに記載されている。


 手渡されたマオはビンを大きく傾けて飲んだ。半分以上が一気になくなる。


「甘くて濃い!」


 ぷはぁ、とマオは口をビンから離し、驚いた表情をした。


「おいしい?」


 ユキがアメリーの機嫌をとるために、マオへそう尋ねる。


「おいしい!」


 そして彼女は、残り半分の牛乳をあっという間に飲み干した。


「そうかそうか! 嬉しいよマオちゃん。良かったら、外の人たちにもその感想を伝えてくれ」


 アメリーがマオの肩を軽く叩いて念押ししたものの、マオはビンの底に残ったわずかな牛乳が気になり、ほぼ直角にそれを傾けて口に入れようとしている。


 すると、


「お、なんだ」


 アメリーの持っている携帯が鳴りだしたので、彼女はいつものように通話状態にして耳に当てた。


「どうした」

『アメリー様にお客様です』


 メイドロボットからだった。メイドが客の肩書を述べると、


「分かった。すぐに行く」


 と、気の進まない顔をして、通話を切った。ため息をつく。


「ユキ、あたしは表に出て客に会うんだが、どうする?」


 ユキには、アメリーが独りで客に会うのを怖がっているように表情から読み取れたため、


「わたしが役に立つのなら、行きます」


 雇用主が困っていて助けたら、報酬も期待できるかもしれない、という、彼女の判断だった。


5へ続きます。

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