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第六十九話:牛の楽園②

 先ほどの道とは打って変わって、街は石畳の道路がのびている。大きくて広いその道路をはさんで、石を積んでつくられた店や住居が並んで建っていた。


 買い物をする主婦、牛を数頭ロープでつないで歩かせているロボット、作業着姿の男たちなど、この通りは活気づいている。



 アメリーの家は、牧場の隣にあり、街の入り口近くだから、外の世界とここを行き来する者なら確実に視界に入る。


「おおきいねー」


 マオは、その家を視界いっぱいに見て度肝を抜かれている。


 他の家や店などの建物に使われている石は、表面がザラザラとして形が一つ一ついびつだが、この家を構成する石は、真四角にきれいに整い、表面は大理石のようにピカピカに磨かれ、とても手が込んでいるのが分かる。


「報酬は期待できそうね」


 ユキはこの光景に、ついそんなことをつぶやいた。


〈お前は相変わらずだ。まあ、お金は大事だしな〉


 レッカーは家の前に停車してエンジンを切った後、そう言いながら苦笑する。


「アメリーさんにあいさつしてくるわ。レッカー、ここで休んでいて」


 ユキはマオを連れて降車し、石をアーチ状に積んだ門をくぐった。そして、玄関の横についているインターホンを押す。


 まもなくして出てきたのは、メイド姿のアンドロイドだった。


「いらっしゃいませ。ユキ様ですね。先ほど、街の警備員から連絡を承りました。どうぞ、中へ」


 メイドは二人を室内に招き入れる。



 内壁はまた別の石でできていて、軽くて加工しやすいものだ。玄関を入ってすぐ広い廊下が家の奥まで続いている。


 天井には所々にガラスがはめられており、外の明るさを室内に取り入れている。壁には凝ったステンドグラスがいくつもあって、そのどれもがお金のかかっているものだと分かっているユキは、もしいくつか手に入れられたら、などとやましいことを考えていた。


 やがてある部屋の前で立ち止まったメイドは、ドアをノックし、


「アメリー様、ユキ様がいらっしゃいました」


 と、主に告げる。


「どうぞー」


 中から、のんきな少女の声が返ってきた。


 メイドはドアを開け、二人に入室するよう促す。


 ゆっくりと閉められるドアの音を聞きながら、ユキとマオは、部屋の中を見回した。


 応接室として使われているこの部屋の中心に、高級な革製のイスが対になって置かれている。それらの間にはガラスのテーブルがあり、一人分の紅茶と、木製のお皿に載せられた数人に分けられる程度の量のビスケットがあった。


 そして、彼女たちに向かい合って座りながら、ビスケットをほおばっている少女が、アメリーだ。見た目は十五歳くらい。


「初めまして。わたしがユキです。こっちは妹のマオです」


 ユキは自己紹介し、軽く会釈する。


「いいよ、そんなにかしこまらなくても。こっちに座りな」


 これから仕事の話をするというのに、アメリーは灰色の地味な部屋着姿で、背中まで伸びる金髪は、ついさっきベッドから起きたばかりのように、あちこちがはねている。


 手招きされたので、ユキはマオの手を引いて彼女の向かいに腰を下ろした。とてもゆったりとして座り心地がいい。


 さっそく、マオの視線が山盛りのビスケットに注がれる。そして無意識にそれに手が伸びた。


「こらマオ、まだ食べていいって聞いてないでしょ」


 姉にその手を弾かれ、マオは我に返った。自分の手がお菓子まで十センチくらいにまで迫っていたことに驚く。


「食べな。あたしの牧場の牛が出した乳でつくったんだ。うまいよー」


 アメリーはニヤニヤしながら一枚マオの前で、エサで魚を誘うように揺らす。そして、マオの手のひらにのせてあげた。


 マオはそれを口に入れ、ゆっくり味わいながら音を立てて噛む。


「……甘い!」


 飲みこんだ後、目をパチクリさせて顔をほころばせた。


「だろ? 何しろ、この街にしかいない特別な牛の乳だからな」


 大きく胸を張りながらアメリーは言う。


「特別な牛、ですか」


 ユキは事前に仕入れた情報を頭から引き出しながら言った。


「そうそう。あまりにも希少価値が高いから、武装した盗賊によく狙われるんだよ。特に、他の町に運搬してる時に。カーチェイスになったこともあったなぁ」


 はっはっは、とアメリーは高らかに笑った。


「はるか昔は、他の町でも飼われていたそうですが、近年の異常気象が影響して、絶滅したようですね」

「おっ、よく調べたね。あの品種は特に環境の変化に弱いから、ここみたいに雨風がひどくない場所じゃないと生きられないんだよ。ま、おかげであたしらはいい商売させてもらってるけど」


 ケラケラと笑いながら、アメリーは立ち上がった。


「悪いね、自慢話みたいになって。さっそく仕事を終わらせようか。搾乳機の部品、持ってきてくれたんだろ?」

「はい、注文通りに」


 ユキも立ち上がり、ずっとビスケットを口に運ぶマオを見下ろす。


「マオも行く?」


 姉が尋ねてきたので、


「行く」


 リスのようにほっぺたをふくらませながら、マオは姉の手を握り、ジャンプしながら立つ。


3へ続きます。

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