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第六十九話:牛の楽園①

 濃い茶色の地面がどこまでも続く荒野だ。土や緑は視界に一切なく、とても硬い岩の地面しか見ることができない。


 所々に、ビルのように高くて大きい岩が立っている。地上にいると分からないが、空を飛ぶ鳥からは、その岩の頂上にわずかにコケが生えているのが見えていた。


 大きな茶色い翼を持つその鳥は、ピュー、とかん高く鳴くと、水場を求めてはるか遠くにそびえたつ山脈へと飛んでいった。


 地面には、洪水によって削られた跡が無数にあって、それらはどれも北から南の方にだいたい一直線に走っている。あちらこちらに立つ岩の頂上が、はるか昔の地面の高さだったのだが、長い年月をかけて数十メートルも削られたのだという。


 西から東の方向へ疾走する、一台のクレーン車がいた。赤いクレーンを荷台に垂らし、あちこち塗装がはげた車体には泥がついて汚れている。ガタガタガタガタ、と小刻みの地震でも起こっているかのように車体を揺らしていて、荷台に載せているたくさんの荷物も、ロープで固定されていなかったら、とっくに地面へ放り投げられているだろう。


 クレーン車の助手席に座る五~六歳の女の子が、ウインドーを全開にした。彼女の長い黒髪が、ハリケーンの時の旗のようにくしゃくしゃになる。外の気温は三十度を超えていて湿度も高いから、それほどの風が入ってきても寒くはない。


「ねえねえお姉ちゃん、このたくさんの線は何?」


 女の子は、地面にできた水の跡を指さしながら、運転席に座る少女に尋ねた。


「あれは、大雨が降ってたくさんの水が流れたの。あっちからこっちに向かってね」


 十四歳くらいの少女は、北から南へと人差し指を動かす。


「ふうん、だから何にもないの?」

「何にも? 何がない?」

「木とか草とか」

「そうね。全部流されたのね」


 植物の姿はないものの、少女には時々、地面を這っているトカゲが見えていた。何を食べてどこに潜んでいるのか分からないが、それでもこの地にもまだ生態系があるのだと、少し感心した。


「また雨降るかな」


 女の子は、ウインドーから左手を出して空を指さす。


 少し気になって、少女は車内に備え付けのラジオのスイッチを入れた。昨日は霧雨が降っていて、今も地面のあちこちに小さな水たまりができている。


「…………」


 ラジオは全く電波を受信しておらず、雑音すら聞こえてこない。


〈世界の終わりみたいな場所だな、ここは〉


 クレーン車が、少し寂しそうにつぶやく。


「確かに、人工物が全くないわね。こんな場所は久しぶり」


 少女はラジオのスイッチを切った。



 十分ほど走ると、クレーン車はとある大きな長方形の岩のまえに停車した。その岩の頂上には、凝ったデザインの旗が激しく揺れている。これが目印だと、事前に聞いていた。


 少女は外に降りると、岩に近づき、少し探してから、出っ張っている丸くて小さな岩を拳で押す。


 スイッチであるそれが押されると、クレーン車の目の前の壁が上へスライドして開いていき、大きなトラックが通れるくらいの穴が出現した。


〈すごいな、この仕掛けは。秘密基地みたいだ〉


 クレーン車は、ちょっとだけ興奮したように言った。


「さあ、入るわよ」


 少女は興味ない様子でそう言うと、クレーン車の中に戻り、アクセルを踏んで岩の中へと入った。




 岩に模した大きな扉が開くと、その中は薄暗い洞窟になっていて、緩やかな下り坂があった。天井には明かりがついていて、まるで採掘場のようだ。


 クレーン車は、ライトをつけてゆっくりと進んだ。洞窟内の地面は、昨日降った雨がどこからかしみ込んできていて、濡れているか所が多い。少女はクレーン車に、気をつけて、と小さく声をかけた。


 返事はなかったが、ちゃんと彼は徐行してくれている。荷物を積んで重くなっているから、なおのこと注意しなくてはならない。


 背後から、ゴゴゴゴ、と扉が閉まる音が聞こえてくる。中へ入ってすぐの天井にセンサーがあって、車が通り過ぎて一定の時間が過ぎると閉まるようになっているのだ。


 下り坂はまっすぐではなく、まるでらせん階段のような緩いカーブが続く。目的地は、扉のある大きな岩の真下にあるためだ。クレーン車は、とても運転しづらい、と静かに不満を漏らした。


「ちょっと外に出たい」


 助手席の女の子が、ドアに手をかける。


「どうして? トイレ?」


 女の子をすぐに止められるように詰め寄りながら聞く。


「あたしとレッカー、どっちが早く着くか競争したくて」


 女の子は、レッカーと呼ばれたクレーン車がのろのろと走っていることに、じれったくなっていて、洞窟とは正反対の明るい声で答えた。


「ダメよ、危ないから。轢かれて足がなくなるかも」


 少女は、低い声で脅すように言った。これくらい言っておかないと、この子は何をしでかすか分からない。


「それはイヤだ……」


 穴の開けられた風船のように、女の子は急に元気をなくし、ハア、とため息をついておとなしくなった。


 大丈夫。後でおいしいものを食べさせればマオはおとなしくなる。少女はそう思っていた。


〈着いたみたいだぞ〉


 レッカーがブレーキをかけて停車した。ライトに照らされた先には、また岩を模した扉がある。そして、扉の淵から、明るい光が漏れてきている。


 またどこかのスイッチを押すのだろうか。そう思って、少女は運転席から降りる。


 しかし、その必要はなかった。天井のセンサーが車の姿を感知し、扉は勝手に開いた。そして、洞窟と車内が一気に照らされる。



 目の前に広がっていたのは、広大な草原だった。水分をたくさん含んだ背の低い雑草が、遠くに見える人工的につくられた壁までびっしりと生えている。


 草原には乳牛が広範囲に散らばっていて、のんびりと草を食んでいる。


 超巨大な洞窟の中ではあるが、天井には太陽によく似て見えるライトが煌々と光っていて、外にいる感覚とほとんど変わらない。


 舗装されている道路はないが、車が通って草の生えていない一本道が先まで続いているため、ここを進めばいいのだと、少女は納得した。


 しばらく進むと、検問が見えた。ゲートが立ちはだかっていて、事務所のようなプレハブ小屋もある。


 エンジン音を聞きつけ、紺色の制服を着た警備ロボットが二体、事務所から出てきた。一体はレッカーの正面に立ち、もう一体は運転席の下までやってきた。二体とも長銃を所持している。


「何用ですか」


 旧式の合成音声で、警備ロボットはそう尋ねた。


「搾乳機を修理するための資材の運び込みと、その手伝いよ。アメリーさんからの依頼なんだけど。わたしの名前はユキ」


 ユキと名乗った少女は淡々と答える。


「確かに、ユキさんがこの時間に来られる、という連絡が来ております。ようこそいらっしゃいました、先へどうぞ。これがアメリーさんの家への地図です」


 ロボットは懐から端末を取り出すと、地図を表示させる。住宅区に赤い点がある。ユキはそれを頭に記憶させる。


 警備員がレッカーから数歩離れると、ゲートが重そうに開いた。


「ありがとう」


 ユキはロボットに会釈し、ゲートが完全に開くと、アクセルをゆっくり踏んで街へと入った。


2へ続きます。

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