第六十八話:ロボット心理学
「高度に発達した人工知能は、人間と似たような感情を有している」
このようなことを研究しているのが、私が所属している大学の研究会である。
物心ついた時から、街にはロボットがあふれていて、人間より数が多いとされているそれらを、当たり前に見てきた。
そして幼い頭ではあったが、かつての私は疑問を抱いた。
「ロボットには感情が必要なのか」
他の女の子が、ファッションや料理などに興味を持っていたのに対し、クラスで私一人だけ、そんな哲学的なことを好きな女の子として生きていた。
だから基本は単独で資料を読んだり、外に出かけて実際にロボットに声をかけてみたりしていた。
「どうしてあなたは笑うの?」
緑が生い茂った気持ちのいい公園で、仕事が忙しいという母親の代わりに赤ちゃんの面倒を見ている女性型アンドロイドに、そう尋ねた。
「自分が笑顔でいたら、赤ちゃんも笑うからです」
おもちゃで癒しながら、彼女はニコッと微笑む。
「それは、笑顔をつくる、という仕事をしている、という意味?」
ロボットは仕事をするために生まれた。笑うのも仕事だからなのでは、と私は考えていた。
「確かにわたしは現在仕事中で、この子のために笑っているのは確かです。しかし、わたしの指を小さい手で握ったり、抱っこをせがんで手を伸ばしてきたりすると、とてもうれしいのです。だから、わたしは笑います」
これは面白い証言だ。資料に書いてあった通り、ロボットにも感情はあるのだ。
ただ、全てのロボットのうち、どれくらいの数人間と同じような感情を有している個体が存在するか、しっかり調べられたことはないらしい。
大学に行って、研究したい。十歳の時、それを決意した。
実際に大学生になってからも、調査方法は変わらない。私は自分の足で調べるのが好きだから、よく街へ出向いて、ロボットにインタビューしている。
今日は、街で一番おしゃれなオープンカフェに来ている。決して休んでいるわけではなく、丸いテーブルをはさんだ向かいに、ロボットであるという作業着の少女と、私が注文したケーキやジュースを夢中で食べている連れの幼い女の子がいる。
お金と食事を提供するだけで時間をくれるなんて、なんて優しいのだろう。ギスギスした社会だけど、こんな方もいるのだなぁ。
ユキと名乗ったロボットから、二人の生い立ちや旅路のお話を軽く聞き、
「それでは本題に入りたいんですが、ユキさんがマオちゃんを連れて旅をしているのは、人間の子を育てて大人にするための、言わば仕事みたいなものですか」
するとユキさんは、あきれたように笑い、
「マオは家族よ。大事な妹だから、わたしが仕事をしてお金を稼いで養っているの。確かに、この子と出会ったばかりの時は、人間を連れて旅なんて、と思っていたけれど、今は違うわ。あそこにいるレッカーと一緒に、試行錯誤で生きてる」
ユキさんは、近くに停車しているクレーン車を指さした。そして話を続ける。
「あなたは、ロボットは仕事をするために存在している、という考えを持っているのよね。その一面もあるけど、誰かの家族になるために生まれてくるロボットも、確かにいるの。少なくとも、わたしはそうよ」
堂々と胸を張って言っている様子のユキさんが、私はかっこいいと思った。
それから少しして、私たちは別れた。とても為になる証言を聞けた。
私は、彼女たちのことを、ロボットが十分な感情を持っていた例の一つとして、端末にしっかり記録した。
また、会えたらいいな。ロボットによって育てられたマオちゃんが、大人になったらどうなっているか、ぜひ調査したい。
次話をお楽しみに。




