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第六十六話:欠けた絵本

   ☆ ☆ ☆


 とある山奥で、木を切って売って暮らしているおじいさんとその孫の男の子が住んでいました。


 幼くしてお父さんとお母さんを亡くした彼は、全然知らない場所の山にいる、父方のおじいさんに引き取られました。


 おじいさんは、頑固者でした。


「お前を立派な木こりにして見せる!」


 と、斧を持つのもやっとなくらい小さいころから、孫を山に連れて仕事を覚えさせていたのです。


 男の子は、手にいっぱい豆ができて泣き言をたくさん言いましたが、そのたび、


「男は強くたくましくならんといかん」


 将来、この子に跡を継いでもらおう、と考えていたので、相手が子どもだろうと、仕事を教えることは手を抜きませんでした。



 男の子がおじいさんの家にやってきて、十年以上がたちました。


 すっかり仕事を覚え、一人でも生活していけそうなくらいお金を稼げるようになりました。


 そんなある日、体が弱りだして仕事はしていなかったおじいさんが、突然家を出たのです。


「西へ旅に出る」


 そう書かれたメモだけを残し、長年おじいさんが愛用していた軽トラックを運転し、行ってしまいました。


 孫は、怒りました。


「なんでぼくを置いていったんだ。旅なんかに行って、体になにかがあったら……」


 彼は、おじいさんを追いかけることにしました。旅支度をし、もう一つの軽トラックを疾走させます。



 それから数か月、孫はおじいさんを探し続けました。


 おじいさんは知らないことですが、孫はおじいさんの車にGPSをつけていました。だから、最初の数日間は後を追えていたのです。


 しかし、装置の電池が切れたのか、それが出来なくなってしまいました。


 仕方がないので、彼はおじいさんの顔写真を持って、地道に聞き込みをしました。



 やがて、孫は信じられない場所にたどり着いていました。


「ここは……ぼくのいた家だ……」


 お父さんとお母さんが亡くなった時まで、彼が住んでいた家です。雨風によって、丸太を組んでつくられたその家はボロボロでした。


 家の周りは、大きな森が広がっています。辺りには他に建物がなくてとても静かで、近所の目なんか気にせず暮らせます。ただ、両親は彼に辛くあたることが多かったので、楽しかったことはほとんど思い出せません。


 家の前に、軽トラックが停まっていました。ナンバーを確認すると、間違いなくおじいさんの車です。


 孫は、息をのみました。ここにおじいさんがいる……そして自分の家に帰ってきた……二つの気持ちが交じり合っています。


 そして、彼は我が家のドアに手をかけました。



   ☆ ☆ ☆



 ボロボロのソファに座り、マオに絵本を最後まで読み聞かせていたユキは、ゆっくりとそれを閉じた。ページの間にかぶっていたほこりが舞う。


 ここは、街と街の間に大きく広がる森の中に建っている、木造の平屋。ずいぶん前に空き家になっていて、動物や雨風によって、屋根にはあちこち穴が開き、入り口のドアは外に倒れていて、住めるような状態ではない。


 ユキは、誰も立ち入らないような脇道にレッカーを乗り入れ、きのこや山菜など、マオが食べられそうな食材を集めていたのだが、その時にこの家を見つけた。


 一応、室内を物色することにし、マオと共に家に入って、この絵本を見つけたのだった。


 本の発行日を確認すると、五十年近く前で、それほどの年数が経過していれば、丁寧に扱われていない紙媒体はボロボロになっているはずだが、特殊な細工がしているようで、文字と絵は何とか読める。ただ、表紙と裏表紙は無くなっていて、タイトルは分からない。


 この絵本は、テーブルの上に、布と石をかけられた状態で置かれていて、誰がそうしたかは不明。


 読み終わってユキは、この物語は、自分のデータベースには存在していないと確認した。この国の言語で書かれているから、かつては本屋で売られていたものだろうが……。


「ねえ、お姉ちゃん」


 マオが、絵本の最後のページを開きながら、「破れてるよ。続きが読めない」


 よく見ると、本当の最後のページが、一枚綺麗に切り取られていた。


「そうなのね。どうしてかしら」

「ずっと自分で持っていたいから?」


 そうかもしれない。でも、そうではないかもしれない。


 絵本の持ち主が、お話のラストが気に入らなかったから、切り取って捨てた可能性もある。ただ、この考えは、ユキの心の中に仕舞っておいた。


「マオは、この絵本の最後が、どういう風になっていたと思う?」


 そう質問されたマオは、少しの間、困惑した顔をした。しかし、彼女はページをもう一度最初からめくりだし、やがて読み終わって無邪気な笑顔で、


「新しい家で、二人で仲良く住むんだよ、きっと」


 そう言って、本を閉じた。



 絵本を、テーブルの上に戻し、布をかけ、重しの石を置き、二人はその家を去った。


 ユキは、何となく、あのお話のオチについて考えていた。


 もしかしたら、おじいさんは、孫の両親を殺した犯人で、それを告白するために、わざわざその家を訪れたのではないだろうか。おじいさんは死期を悟り、それだけは孫に伝えたい、と思ったのかもしれない。


 いや、子供向けの本じゃ、そんな結末にはならないか。


 一人、ユキは苦笑し、アクセルをふかした。



 後日、その仮説をレッカーに話したら、


〈夢がないなぁ〉


 と、一蹴されてしまった。

次話をお楽しみに

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