第六十五話:移動する我が家
地平線の向こうまで真っ平らな礫砂漠を、次の街に向かって走っていた時、ユキたちは進行方向からなにか大きいものがゆっくりと向かってきているのに気づきました。
「あれは……家?」
変わり映えしない景色に少しぼうっとしていたユキは、二階建ての一軒家が動いていることに驚き、目を凝らします。
その家は、何かに引っ張られているわけではなく、大きなキャタピラで自ら移動していました。時速は十キロくらい。家は四角くて真っ白な壁をしていて、屋根は青色です。
「えーっ、何あれ何あれ!」
マオは見たこともない光景に、おもちゃを与えられた子犬のように興奮しています。
〈ああいうのはあまり見たことないな。珍しい〉
一方、レッカーは冷静にそうつぶやきました。
その家は、たくさんの車が通って踏み固められた道を占領しているため、レッカーは仕方なく道を譲ります。ガタガタのところを通ることになりますが、仕方ありません。彼は、整備されていない場所を走るのが、あまり好きではありません。
すると、その家の一階の窓が開き、一人の中年男性がこちらに手を振ってきました。そして、家はその場で停まります。
何かあったのか、とレッカーはそれに近づいていって、すぐそばまで行きました。
「いやはや、すまない。この家がでかいばかりに、君たちに悪路を通らせることになってしまって。何しろ、これは方向を変えるのが一苦労するものでね。助かるよ」
その人間は、窓にはしごをかけ、下に降り、レッカーのところまで来ました。
「いえ、それは別にいいんですが……、どうして家が動いているんですか?」
ユキは、まず気になっていたことを尋ねます。
「引っ越しだよ。私は自分で建てたこの家が気に入っていて、好きな時に場所を変えて暮らしているんだ。君たちは旅人かな? 荷台に色々生活道具も積んでいるようだけど」
「ええ、わたしたちもこのクレーン車が自分たちの家のようなものなので、ここを拠点にして仕事をしています」
「そうか、移動できる家というのは、便利でいい。常に快適な環境に我が身を置けるし、なによりご近所の人間関係なんてものを気にしなくていい。差し支えなければ、君たちが定住しない理由を聞いてもいいだろうか」
「わたしもあなたと同じです。稼げる仕事はなかなかないから常に場所を変えるしかないのと、あとこの子に色んなものを見せてあげたいので」
運転席まで来てその男性と家を観察するマオの頭を、ユキは軽くなでます。
「きっといい子に育つだろう。たくさんのことを経験させるといい」
そう言い残し、その男性は家の中に戻って、手を振りました。
それが合図かのように、レッカーは家を避けて走り出し、やがて元の平らな道に戻ります。
ユキが後ろを振り返ると、家のキャタピラが再び動き出していました。そして少しずつ離れていき、小さくなっていきます。
それからその日は移動している間、レッカーはとても機嫌がよく、〈俺は家ー〉と、ときどき鼻歌を歌っていました。
マオにはその歌はよくわかりませんでしたが、彼の奏でるリズムを楽しそうに聞いています。
ユキは、少し恥ずかしそうな表情で、まっすぐ前を見てハンドルを握ります。
二人を乗せたその家は、次の街に向けて疾走します。
次話をお楽しみに




