第六十四話:都会のクマさんと少女⑤
少女のいるこの部屋は、あまり物がなかった。段ボールの上に敷かれた布団、窓際に置かれた安楽椅子、替えの服が入っているプラスチック製の移動式クローゼット、そしてゴミの入った大きな袋……。
床はコンクリートがむき出しになっていて、あちこちはがれている。ゴミやほこりが部屋の隅にこびりついている。
大通りから離れているため、車や人やロボットの音や声はなく、とても静かだ。
「あたしはエリー。ここで彼と一緒に住んでるの。よろしくね」
エリーと名乗った少女が、右手を差し出したので、ユキはそれを握る。冷え性なのか、手は少し冷たい。
「それにしても、あなたたちはとても律儀なのね。たった一度だけカラスを追い払ったこの子のお礼をしに、こんな汚い所に来るんだもの」
エリーは疑いの目を、ユキに向けた。
「縁は大事にしているの」
ユキは淡々と答える。
「それってどういうこと?」
エリーは首をかしげる。
「わたしは旅をしながら仕事を探しているのだけど、それは誰かから紹介されることも多いの。だから、チャンスは逃さないようにしているのよ」
ユキからそう聞かされると、
「……つまり、ユキはあたしと顔を合わせれば、何か仕事が見つかると思ったのかしら?」
エリーは、きょとんとした顔をする。
ユキはうなづいた。
「そうだったの。でも残念ね。あたしはこの街の誰とも縁もゆかりもない人間だから、期待外れよ」
ケラケラと笑いながら、エリーは部屋の奥に置いてあった缶のジュースを二つ持ってきて、ユキとマオに渡した。
「ありがとう。いただくわ」
ユキはそれをポケットにしまい、
「飲んでもいい?」
とおそるおそるお姉ちゃんに訊いたマオに、
「いいわよ」
と頭をなでた。
まあ、初めからあまり期待はしていなかったが、やはりこの少女から新たな仕事に出会えることはなさそうだ。
それなら、さっさとお礼の方をすませてしまおう。でも、何をしようか。
ジュースを二口飲んだマオは、エリーをまっすぐ見て、
「ねえ、これって盗んだやつ?」
と尋ねた。
「そうよ。べアックスがいつもその辺のお店から持ってきてくれるわ。おかげで何とか食べていけてる」
エリーはニッコリと笑顔を浮かべて言った。
ああ、なるほど。ユキは納得する。このクマ、どこにも財布やカードを持っていないように見えるから、スーパーで何をしていたのだろう、と疑っていたのだ。
「マオ、もしかして、この子が盗むところを見てた?」
「うん、棚に登って缶詰二つとったの」
ユキはエリーを見て、
「あなた、盗みはいけないわ。犯罪だもの。それに、いつまでも上手くいく保証はないし」
「だったら何? お金がないんだから仕方ないでしょ。そんな悠長なことを言うのは、お金に困らないやつらよ」
エリーは鼻で笑う。
「でも、最初に捕まるのはべアックスよ。エリーは、彼がいつまでたっても帰ってこないのを待ち続けたい?」
「それは……いやよ」
声が小さくなったエリーに、今度はユキから右手を差し出した。
「マオを助けてくれたお礼をさせて。お金儲けができるかんたんなことを教えてあげる」
6へ続きます。




