第六十四話:都会のクマさんと少女④
路地の入口まで追いついたレッカーは、ひとまずマオが無事なことに安堵し、荒々しくふかせていたエンジンは静かになった。
マオを助けてくれた者をレッカーに紹介したユキは、
「あのぬいぐるみのご主人にお礼を言ってくるわ」
と、彼に大通りで待っていてくれとお願いした。
数秒考えていたレッカーだったが、
〈……分かった〉
ユキに何らかの考えがあるのだと予想し、冷静にその言葉に従った。
そして、マオを連れて、彼女はぬいぐるみの後を追いかける。
やがて、彼女たちはとある廃ビルの中へ入った。
その瞬間、ユキはイヤな予感が頭をよぎった。
「あら……」
思わずつぶやく。なぜ、あのロボットはこんな薄汚れた建物の階段を上っていくのだろう。いや、考えなくてもほとんど分かる。あれの主はここの上階に住んでいるのだ。
よく見ると、階段やその踊り場に、機械や家具のガラクタ、生ごみがたくさん捨てられている。人間が生活の拠点にしているのは間違いない。腐敗臭が少しする。
そうなると、良い仕事を紹介してもらえるかも、というユキの考えは、土台から崩れ去ってしまう。こんなところにいるような人間は、だいたいが社会という機械から欠け落ちた歯車のような者たちで、コネなどというものを持ち合わせていない、というのを、彼女は今までの経験から学んでいる。
もしかしたら、ただの寄り道になってしまうかもしれない。ユキは内心、ため息をつきたい気分だった。
まあ、それでもいい。ユキにも良心くらいある。他人に何かしてもらったらお礼を言う、ということをマオに学ばせる機会だと思えばいい。
そんなことを考えているうちに、ぬいぐるみは、とある部屋のドアをノックしていた。どうやら、ここに人間がいるようだ。
辺りを見回すと、アパートの一室、ではなくて、会社の会議室みたいな外観だ。
ドアが開くと、部屋から少女が現れた。歳は十歳くらい。真っ黒な生地にラメがたくさん散りばめられたワンピースを着ている。
「お疲れ様、今日も食料手に入ったのね、ささ、早くあたしによこしな……。あんたたち、誰?」
ぬいぐるみに向けられていたワンピースの少女の視線が、ユキとマオに移り、とたんに、顔がこわばる。
ユキとマオは自己紹介し、事の顛末を話した。
「ふうん、この子があんたを……。それは良かったわね。べアックスは優しくて強い男の子だから、それくらい朝飯前よ」
少女は腰に手を当てて得意顔になる。
どうやら、ぬいぐるみの名前はべアックスというらしい。
「まあいいわ。入りなさい。お礼がしたいというなら、存分にさせてあげる」
「ありがとう、入らせてもらうわ」
マオと手をつないだまま、ユキから先に入室した。
5へ続きます。




