第六十四話:都会のクマさんと少女③
クマのぬいぐるみは、カラスに向けてアッパー攻撃を仕掛けると、尻もちをついているマオの前に着地した。そして、ボクサー選手のようにポーズをとる。
カラスたちはぬいぐるみの攻撃を間一髪でかわしたものの、捨て台詞かのように濁った声を上げながら、上空高くへと飛んでいった。
そのカラスたちを目で追っていたユキだったが、妹の泣き声に気がついて慌てて駆け寄った。
「ケガはしてない!?」
彼女はしゃがんで、マオの体をあちこち見るが、特に擦りむいたり血が出ていたりはしていない。立たせると、ズボンのお尻が汚れているだけだった。
「怖かった……」
マオはしゃがんでいるユキに抱きついて大きな声で泣いた。
そんなマオの頭をなでていたが、ぬいぐるみがゆっくりとこちらに向いたので、
「ありがとう、カラスから守ってくれたのかしら。勇敢なのね」
ぬいぐるみは表情を変えることはできないから、ずっと同じ顔なのだが、右手で頭をポリポリとかく動作をして、それほどでも、という感情を表現した。
「あの缶詰はあなたの?」
ユキが路上に無造作に転がっている缶詰を指さすと、ぬいぐるみは特に慌てる様子もなくそれらを拾う。
その後、彼女はマオに、何があったのかを尋ねた。やはり、夢中でこの路地に入ったとたんに、カラスに襲われたらしい。そこを、先行して歩いていたぬいぐるみが戻ってきて助けてくれたのだ。
ユキは、外ではけっして自分から離れない、ということを、抱きついていたのを一旦離して、マオの顔をしっかり見ながら強い口調で注意した。
マオはかなり懲りたようで、ごめんなさい、と涙声で謝る。
さて、そろそろ行こうか、とユキは立ち上がった。すると、
「あ……」
ぬいぐるみは、まだ近くに立っていた。まっすぐ彼女たちを見ている。
どうしたのだろう、と思ったユキだが、ふと考えた。
ぬいぐるみのご主人に、お礼の品を持っていこう。
このぬいぐるみ、なかなか良い性能のロボットだ。安い値段で手に入るものではないだろう。きっと、ご主人は少なからず良い生活をしているはずだ。もしかしたら、その出会いが、いい仕事を紹介してくれるきっかけになるかもしれない。
仕事に結びつきそうになかったら早々にお別れしてもいいのだが、今はそうはいかない。自分たちの生活がかかっている。
「ねえ、わたしたち、あなたのご主人にお礼が言いたいと思っているの。良かったら、案内してくれない?」
ユキがそう頼むと、
ぬいぐるみは、一回うなずき、こちらに背を向けて歩き始めた。
4へ続きます。




