第六十四話:都会のクマさんと少女①
大きな街の大通りに沿って建つ個人商店があった。外壁はレンガ造りで、店名の書かれた看板はその店の歴史を感じられる趣がある。
販売しているのは、加工された肉や魚の商品が主で、野菜や果物の缶詰も、スペースは広くないが陳列されている。
店内には、男性の主人と女性客が二人いて、主人は店の奥でパソコンを操作し、客二人はのんびりと棚を見て回っていた。
開け放してある入り口から、三十センチほどの大きさのあるものが入ってきたことに、店内の誰も気づいていなかった。
それは、毛深いクマのぬいぐるみで、顔は子どもに可愛がられるようにデフォルメされている。
ぬいぐるみは、足音を立てないように静かに店の奥へ歩いていき、棚の前に立ち止まった。
下から二番目の棚にある魚肉ソーセージを一束つかみ、ぬいぐるみは胸の真ん中でしっかりと抱きかかえながら、足早に店を出て行った。
この間、一つの商品がお金が支払われずに店から持ち出されたことに、誰も気づくことはなかった。
ぬいぐるみは、その店の隣にある細い路地を走っていく。
路地の周りには、数十年の間放置された空きビルが数多くあって、家を持たない人間が少数だが住んでいる。
昼間なのに薄暗いのは、その空きビルがとても高くそびえ立っていて、太陽をさえぎっているからだ。
そのぬいぐるみと並走するかのように、大きなドブネズミが地面を這いまわり、近くの建物のすき間に入っていく。
一羽のカラスがけたたましい声で鳴きながら、それが持つ魚肉ソーセージを狙って低空飛行している。
やがて、ぬいぐるみはとあるビルの中に逃げ込んだ。そこは、壁はかろうじて残っているが、入り口はぼろくて土ぼこりで汚れた布がのれんのように垂れ下がっているだけだ。
なくなっているのは入り口だけで、内部の壁や通路は、あちこち穴が開いているものの、きちんと役目を果たしている。
ぬいぐるみは階段を上がり、十階の一室のドアをノックした。
中から、少女が現れた。年は十歳くらい。真っ黒な生地にラメが装飾されたワンピースを着ている。
少女はぬいぐるみを抱きかかえると、子どもを待っていた母親のように嬉しそうにほおずりした。
そして少女は、壁にもたれかかって座り、魚肉ソーセージの包装を破って、勢いよく食べ始めた。
けふぅ、と平らげて少し満足した彼女は、立ち上がってガラスのなくなった窓の枠によじ登って座る。そして外を見た。
南側のその窓からは、地平線へと沈んでいく夕日の光が、四角く部屋の床を照らしている。その光は少女の着る服のラメをキラキラと輝かせ、宝石を身にまとっているように見えた。
夕方の少し冷たいそよ風が、裾に余裕のあるワンピースの中を通っていき、少女はわずかに体を震わせる。高いビルの間を吹く風はよく強くなり、窓ガラスのありがたみを知る一つだ。
地上には車がたくさん走っていて、こちらと同じくらいの高さをドローンが飛行していた。それらはとても小さく見え、息を吹きかければチリやホコリのように舞い上がってしまいそうだった。
彼女は、魚肉ソーセージの包装を窓からそっと捨てた。赤色のその包装は風にあおられて、秋の葉のように飛んでいき、どこかへ行ってしまった。
2へ続きます。更新は、12月1日。




