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第六十話:井戸水

 日差しが強く照りつける夏の日のこと――


 助手席に座っているマオは、いつものようにペットボトルの水を飲もうとした。だが、

「あれ?」

 それを真上に傾けても、滴しか落ちてこない。

「んあー」

 口を大きく開けながら上を向き、一滴でも、と底を軽く叩いてみる。

「もー」

 マオは口をとがらせ、ペットボトルをお姉ちゃんのいる運転席の方に放り投げた。

「水、なくなっちゃったよ」

 マオは業務連絡のように淡々と言った。

 自分の方に投げられたそれを一瞬見た後、ユキは助手席の前にあるダッシュボードを指さす。

「そこに、予備があるはずよ。開けてみて」

 ここ? と疑うように言いながら、そこを開けた。

「……ないよー?」

 マオの眉間にしわが寄っている。

「あら、切らしてしまったのね。でも、こんな田舎道にお店なんて……」

 周りは、見渡す限り休耕中の田んぼだ。草がぼうぼうに生えていて、長い間人の手が入っていないのが分かる。

〈前方に家があるぞ〉

 レッカーがつぶやく。

 確かに、地平線の辺りに屋根が見える。三つほど確認できる。

「行ってみましょ」

 ユキはアクセルをふかしてスピードを速めた。


 そこは、田んぼと同じく長い間人がいた気配が全くしない村だった。木造の二階建て住宅が五つあるだけの小さい村だ。どの家も雨風によってあちこちが壊れている。一晩泊まるのは気が引ける。

 ユキは外に出て、一番大きな家の周りを歩いてみることにした。雑草が大人の腰の高さまで生えていて、小さい子どもなら頭まですっぽり隠れられそうだ。

 興味津々でマオもついてくる。彼女にとっては自分の歩いていく先に何があるかまったく分からないから、まるでジャングルを探検しているような気分だ。お姉ちゃんの後ろ姿だけを頼りに歩く。

 すると、突然ユキが立ち止まった。つられてマオも止まる。

「どーしたの?」

 マオはお姉ちゃんの足にしがみついた。

「これは……井戸かしら」

 目の前には、レンガが円形に積み上げられた物体があった。ユキの視点からは、その真ん中に穴が開いているのが見える。すぐ横には、長いロープがくくり付けられたバケツが転がっている。

 試しに、ロープをつかんでバケツを井戸の中に放り入れた。二秒ほどたって、水たまりに思いっきり踏み込んだような音がした。そして、ロープを引く。

 引き上げられたバケツには、半分ほど水が入っていた。少し濁っている。

 それを見たマオは、

「飲みたい!」

 バケツの中に手を突っ込もうとする。

「待って、わたしが毒見するから」

 ユキは片手ですくって口に含んだ。

「…………」

 何かよく分からない成分が入っている。彼女のデータベースにはないものだ。

 一応、飲み水にはしないほうが良さそうだ。洗濯や用足しのための水として使おう。

 その後、ユキはレッカーの荷台に積んでいたポリタンクに水を詰め、特に村を観光することなく、早々に出発した。


 二十分ほど走っていると、路肩を歩いている農作業姿の男がいた。年は三十代後半ほど。手を振ってきたので、目の前にゆっくり停まった。

「君たち、もしかして向こうにある村に寄ったのかい?」

「ええ、そうですけど」

「井戸から水は汲んでないよね?」

「汲みました」

 すると男は語気を強め、

「いますぐ捨てなさい。それには毒が入っている」

「毒……ですか?」

「ああ、そうだ。俺が生まれたくらいの時の話だ。あの村には一つの家に一つの井戸があった。だが、ある時から一つの家の井戸しかでなくなってしまった。当然他の家の人は水をもらいにいった。しかし、地下水を汲みすぎて井戸が枯れることを恐れた井戸の持ち主は、それを拒んだ。すると他の家の人たちは結託して、どうせ使えないのならと、地下水の源流近くに、毒を生成する機械を地下深くに埋めた。井戸の持ち主はもちろん死んで、他の人たちは全員引っ越していった。今でもその機械は埋まっているらしい。掘り出すのは面倒だし、その地下水は飲まないように通知されたから、放置されているがね。隣村のじいさんばあさんから聞いた話だ」

 話を聞き終えたユキは、

「なにかよく分からない成分は、毒物だったのですね。あ、わたしはロボットです」

「そうか。飲んだのが人間でなくて良かった。その毒は唾液と触れて化学反応を起こすことで、初めて毒になるんだ。古い機械だと、エラーを起こして判別できないらしいからやっかいだ」



 男と別れた後、

〈どうするユキ、古い機械だと分からないものが入った水は?〉

 レッカーはからかうように尋ねる。

「……どうせわたしは古い機械よ」

 機嫌悪そうな表情で荷台にあるポリタンクの中身を全部捨て、ついでにポリタンクも近くの町のゴミ捨て場に放り込んだ。

次話をお楽しみに。

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