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第五十九話:十年後の君は①

 かつて、少女と女の子と一台のクレーン車が旅をしていた。

 拠点は特に設けず、ずっと同じ会社の仕事をするわけでもなく、旅をしながら、お金が無くなったら少女とクレーン車が仕事をする、という生活を続けていた。

 色んなところへ行った。人が立ち入っていないような山奥、ガラクタが大量に不法投棄されている林の中、人とロボットが一緒に生きる大都会……。

 同じ国だというのに、彼らの価値観は様々で、戦争の被害から復興して新たな町が成り立っているところもあれば、砲撃の跡が生々しく残っていて放棄された町もあった。

 都会から一歩も出ずに暮らしている者もいたし、大自然の中で機械を用いた広規模農業をして生計を立てている者がいたことも記憶に残っている。

 いいことは、もちろんあった。長年お世話になった工場長のいる町から旅立つ前に少女は、人間の女の子と出会った。少女にとっては、久しぶりの人間との邂逅であった。成り行きで一緒に旅をすることになり、最初は慣れない子どもへの対応で苦労したものの、女の子はすぐ懐いてくれたため、可愛げのある年の離れた妹ができたような気持ちになった。

 女の子はとても食いしん坊で、食べ物であればなんでも口にしてしまう子だった。好奇心旺盛で、よく走り回っていた。姉のことが大好きで、仕事で帰ってくるのが遅いときは、クレーン車の運転席によく体を丸くして帰りを待っていた。

 クレーン車とはずいぶん前から少女と一緒だった。出会った当初から少女は、よく彼を頼りにしていた。あまりしゃべらないほうだが、少女と女の子とコミュニケーションするのが好きだった。危険な人物から逃げるときは二人をしっかり守り、女の子が病気になったときは必死に走った。

 とても楽しい旅だった。二人と一台はそう語った。


 そして数年後、彼らの旅は終わりを迎えた。



「お姉ちゃんおはよー! あれ? 制服のリボンってどこやったっけ? 昨日、リボンなしで登校したら、先生に見つかって怒られたんだよー。ねえ、どこどこ?」

 黒くて長い髪を背中まで伸ばした女の子が、早朝から家の中を駆け回っている。年は十五歳くらい。背は平均より低い。夏の季節に対応した薄くて吸汗性のある真っ白なシャツと、濃い緑色の短めなスカートを穿いている。

 すると、台所で朝食の準備をしている少女が、振り返って女の子の方を見た。

「どこって……。リボンは一昨日に洗濯してマオのクローゼットの中に仕舞ったわよ」

 少女の見た目は十四歳くらい。長身で髪は短く、紺色の作業着を着ているが、今はその上にエプロンもしている。

 少女はガスの火を止めると、マオと呼んだ女の子の部屋に向かう。

「あー! お姉ちゃんお姉ちゃん、ちょっと待って部屋に入るのはダメー!」

 マオが全速力で少女を追い抜くと、閉じられている自分の部屋のドアの前に立ちふさがった。

「どうしたの?」

 お姉ちゃんは首をかしげる。

「ええっとね……。あたしは年頃なんだからね、勝手に入っちゃダメなの」

 マオはそわそわし始めた。

 だが、

「……またお菓子を買いこんでこっそり食べてたのね? 先週もマオが学校に行ってる間に掃除しようとして部屋に入ったら、開いたお菓子の袋がたくさん落ちてたわ」

「そうとは限らないでしょ――」

 マオを横へ押しのけて、少女は部屋へ入った。

 部屋の隅にあるゴミ箱には、すでにチリ紙やお菓子の袋がギッシリ詰め込まれているが、その周りにもたくさん散乱している。

 少女はため息をついた。

 一方、マオは戦いに負けた戦士のように膝から崩れ落ちていた。

「来月からまたおこづかい減らそうかしら」

 少女がひとり言のように言うと、

「ちょちょちょっとそれは――! これ以上減ったら、友達とお茶すらできなくなっちゃう……」

 お姉ちゃんは無言で部屋の中を歩いていってクローゼットを開けると、リボンを出して見せる。

「あ、あった。もうー、お姉ちゃんったら、あたしがいつも片付けてるところじゃないと、分かんないよ」

 マオは口をとがらせた。

「ベッドの横に投げ出してあるのは、とても片付けてるとは言えないと思うけれど」

 そうして、少女はお菓子の袋を拾い始める。

「今日はわたし、昼から仕事だから、ここを徹底的に掃除するわ。お菓子のクズもいっぱい落ちてるから。あなたは早く顔洗ってご飯食べなさい。自分で皿によそって食べて」

「う、うん……」

 申し訳なさそうに、マオは自分の部屋から出て洗面所へ向かった。


「いってきまーす!」

 マオは外から、部屋の掃除をしているお姉ちゃんに手を振った。お姉ちゃんは微笑を浮かべて窓越しに小さく手を振った。

 外はいい天気だ。ところどころに雲が浮かんでいるものの、朝から夏の日差しが照りつけている。

 彼女は自分の住む家を見た。まるで山小屋のような平屋で、かつてお姉ちゃんが業者と一緒に建てたらしい。マオはあまり覚えていないが。

 数メートル先まで歩いたところで、彼女は何かを思い出し、家の前まで戻った。

「いってきます、レッカー!」

 家の横にいるボロボロのクレーン車に声をかけた。返事はなかった。

 マオは走り出した。学校行きのバスに乗れるバス停は、ここから三百メートル先にある。

 家の周りは広大な玉ねぎ畑とじゃがいも畑で、とある会社が運営しているらしい。今はどこにも姿がないが、秋ごろになると機械が収穫する光景を見ることができる。ちなみに、以前お姉ちゃんから聞いた話では、家の建っている敷地は、その会社から借りている土地だという。

 気温はすでに二十度を超えていて、少し走っただけで額に汗がにじむ。マオも、額やほっぺたに細かい汗の粒が出ていて、長い髪の毛が時々汗で肌に吸いつくため、そのたびに振り払っている。

 バス停に着き、携帯端末を起動させて時刻を確かめる。到着予定時刻まで、あと七分ある。

 たいていバスは予定より五分くらい遅れてやってくるから、十二分はここで待っていなくてはならないだろう。

 こういう時は、端末にインストールされているパズルゲームで時間をつぶす。二か月くらい前に友達からすすめられたのだが、あっという間にハマった。才能があったらしく、次々とパズルを解いていき、今はそれを教えてもらった友人よりも高い難易度の問題まで挑戦できるようになった。


 バス停の近くにあるベンチに座って過ごしていると、二分後にお客がもう一人待ち始めた。

 マオはちらっとその人影を見る。いつもの人型ロボットだ。毎日一緒になるロボットで、前に声をかけたら、繁忙期は畑で作業をしているが、今の時期は街へ出稼ぎに行っている、と話してくれた。

 ロボットはベンチに座らず、バスが停車する位置でずっと立っていて、錆びついているかのように身動き一つしない。ただ、目だけはたまに左右に動くから、機能停止はしていないとわかる。

 マオがここへ来てから十二分後、いつも通りにバスが目の前で停車した。

 端末をポケットへしまって立ち上がると、ロボットはバスの階段を上がっていた。関節からギーギーと音がしている。

 マオも乗り込んで、専用のカードを備え付けの端末にタッチした。乗車場所を記録しておかないと、降りるときに始発から降車先までの料金を支払うことになってしまう。

 バスの中は、座席が六割埋まっている程度だ。学生がほとんどで、隣町から通っている人たちらしい。

 マオは後ろの方の窓際の席に腰を下ろした。お世辞にもふかふかとは言えないイスで、むしろ生地が擦れて穴が開いているところもある。


 二十分ほど変わらず田畑ばかりの景色だったが、やがて遠くに空高くそびえたつビル群が見え始めた。学校は、街の中心部にある。

 さらに三十分ほどして、バスは学校近くのバス停に停車した。そこでほとんどの客が降り、マオも機械にカードをタッチしてから降車する。

 校門前には、警備のロボットが一人立っていた。ゆっくりと辺りを見回している。

 学校はたいして大きくない。一クラスにつき十人くらいしかいないから、教室は広くなくてもいいからだ。だから、教室以外の部屋は、専門的な授業を受けられたり自治体の研究機関が使っていたりする。

 登校している生徒もまばらだ。人数が少ない学校だから、ほとんどの人の顔を知っている。

 教室に着き、マオはバッグを下ろした。長机を三つ並べられるくらいの大きさしかない部屋で、パイプいすが十つあり、部屋の前方には教壇がある。黒板などという前時代的なものはなく、プロジェクターに文字を映し出して授業は行われる。

 十分ほど待っていると、

「おはよう……」

 か細い声が背後から聞こえた。振り返ると、

「おはよ、ミリー!」

 マオよりも背の低い女の子が、おどおどしながら立っている。

「はあ……」

 突然、ミリーが長いため息をついた。

「どうしたの、何かあった?」

 マオが尋ねると、

「……宿題を、家に忘れてきちゃって……。ちゃんとやってたのに……」

 ミリーはマオの横に座った。

「なーんだ、そんなことか。先生に謝れば大丈夫だよ」

 マオはミリーのほっぺをつんつんと突いて安心させようとする。

「でも……、今週でもう二回目だから……。もしかしたら、とっても怒られるかも……」

 ミリーは今にも泣きそうな表情をしている。

 その顔を見たマオは少しの間うつむいて考えていたが、うん、と決心してミリーの両手を握った。

「分かった! あたしが一緒に謝ってあげる。二人なら怖くないでしょ」

 マオはニカッと笑った。

「え、でも……、マオちゃんに悪いよ。ダメダメなのは私なのに……」

「気にしないで! ……それじゃ、あたしも宿題を忘れたことにする。これでいいでしょ?」

「……それはもっと――」

 さらに反論しようとするミリーの口を、マオは優しくつまむ。

「いいからいいから! それよりさぁ、来週またキャンプに行こうよ」

 二人は始業時間まで、いつものお出かけの話を始めた。

2へ続きます。

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