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第五十八話:五十年後のクリスマス

 聖なる日の夜のこと……


 二人を乗せたレッカーは、周りに何もない荒野を疾走していた。雪は一メートルほど積もっているが、道路だけは踏み固められている。気温は氷点下まで下がっていた。

「あら?」

 ユキは、星がきらめく空をハンドルを握りながら見上げた。高空から何かが滑るように落ちてきているのだ。

「どうしたのー?」

 水滴のついたウインドーに落書きをしていたマオが、顔だけお姉ちゃんのほうに向ける。

「空から何かが落ちてきているわ」

 ユキは空に人差し指を指した。

「本当だ。何かな?」

 マオは前のめりになって空を見上げる。

「レッカー、あれが何か分かる?」

 ユキはハンドルをコンコンと軽く叩いた。

〈うーん、時々雲に隠れるからよく分からないな〉

「何かトラブルでもあったのかしら」

 ユキは首をかしげる。

〈何かって、何だ?〉

「いや、もしかしたら――」

〈ん? あれはソリだな〉

 ユキの言葉をさえぎるようにつぶやいた。

「ソリ?」

 ユキは目を凝らす。だんだん姿が大きくなってきていて、確かにソリのシルエットに見える。

 なんでソリが……。ユキがうつむいて少し考えていると、

「サンタさん!」

 突然マオが鼻息を荒くしながら叫んだ。

「サンタさんだよ、お姉ちゃん!」

 ユキは、ちらっとマオを見て、空に視線を戻す。

「そうね。ソリに乗って空を飛ぶのはサンタしかいないものね」

〈ということは、サンタクロースのソリの調子がおかしくなって、落ちてきているってことか?〉

 レッカーは、信じられないという風に言った。

「ソリはきっと反重力で飛んでいるんだわ。だから、それが故障したのかも」

 すると、マオはユキの上着の裾を引っ張った。

「ねえ、サンタさん困ってるかな」

 マオは不安そうな表情だ。

 ユキはマオに向き直って答える。

「……確かに困ってるかもね。子どもたちに運ぶように会社から言われた荷物がダメになっちゃ、業務に支障がでるもの」

 え? マオはきょとんとした顔をする。

〈はあ……。ユキ、マオはまだ幼い子どもなんだから、ちゃんと夢のあるように話せ〉

 レッカーはため息をついた。

「……夢のあるようにって……。分かったわよ」

 ユキはマオの頭をなでると、

「サンタさんは、たくさんの子どもたちにプレゼントを配りに行くのに一生懸命なの。助けに行くわよ」

 そうして、ユキはアクセルをふかした。

 サンタの格好をしたロボットを助ければ、後からその会社からお礼をもらえるはずだ、ということは黙っておいた。


 やがて、地平線の辺りにソリが墜落し、積もっていた雪が空高くきのこ雲のように舞い上がった。

 その地点に到着したユキは、レッカーを降りてすぐにソリへ駆け寄った。マオも、興味津々といった様子でついてきている。

 ソリは、外側は木製でできていたらしく、墜落の衝撃でほとんどバラバラになってしまっている。ソリの下部に設置されている反重力装置はかろうじて形を残していたが、細かい部品が散乱していた。

 ソリを引っ張っていたと思われるトナカイのロボットは足が折れているものの、何事もなかったかのように座り込んでのんびりしている。トナカイロボットの知能はあまり高くないようだ。

「大丈夫ですか」

 ユキは、ソリから五メートルほど離れたところにうつぶせで倒れているサンタロボットを揺すった。

「サンタさん、死んじゃった?」

 マオは不安そうにお姉ちゃんを見上げる。

「大丈夫みたいよ。どこも故障――ケガしていないようだし」

 ユキが彼を仰向けにひっくり返した。絵本や街のポスターに描かれるサンタそのものの姿をしている。

「……う、うーん……」

 だるそうな声をあげると、サンタは目を開いた。

「あ、起きた!」

 マオはたちまち笑顔になる。

「……ええと、わしは、墜落した、ようじゃな……」

 サンタはため息をついた。

〈大丈夫か? 何が起きた?〉

 レッカーが尋ねると、

「……鳥が飛んできて、避けようとしたら反重力装置に巻き込んでしまって、それで故障して……」

 彼は辺りをゆっくりと見回す。

「残念ながら、ソリは壊れてしまったわ」

 ユキがソリを指さした。

 すると、彼は突然立ち上がった。

「そうじゃ、プレゼント……! プレゼントは……?」

 サンタはソリに駆け寄る。プレゼントの入った白い袋はソリのすぐ近くにあって、幸いどこも破れていない。

〈無事なようだな〉

 レッカーがその白い袋を見つめる。見た目はただの布のようだが、なぜ落ちた衝撃で破れていないのだろうか。

「よかった……」

 サンタは、ほっと胸をなでおろした。

「その袋は、衝撃を和らげる素材でできているのですか」

 ユキは、そっと袋をなでる。

「ええ……、万が一の場合に備えて、中身を守るように袋を工夫しているのです」

 そう言うと、サンタは自分の体についている雪を払うと、大きな袋を背中にかついだ。そして歩き出す。

「歩いていくのですか」

 ユキは彼の背中に声をかける。

「……この先に、わしのプレゼントを待っているたくさんの子どもたちがいる……。早くしないと……」

 サンタはつらそうに右足を引きずっている。

「よかったら、私の車に乗っていきますか?」

 ユキはレッカーを指さした。

 サンタは少しの間考えていたが、

「……はい。そうしてもらえるのなら、ありがたい」

 そうして、サンタは袋をレッカーの荷台に積み、目的地までつれていくことになった。


 一時間後、やはり何もない荒野の真ん中で、サンタはここで停まってくれと言った。

「なぜですか。どこか故障していましたか」

 ユキは彼の体を見るが、それでも異常は見当たらない。

「いえ、ここがわしの目的地……。子どもたちのいる場所じゃ」

 サンタはレッカーから降りると、荷台にある袋をかついだ。そして、

「メリークリスマス。今年もお菓子をたくさん持ってきたぞ」

 彼は袋から飴やスナック菓子を取り出すと、それらをばらまき始めた。

 しばしの間それを見守っていたユキたちだが、

〈ユキ、あそこに石碑が建っている〉

 レッカーはクレーンを使って指し示した。

 そこには高さ一メートルほどの石碑が建っていて、びっしりと文字が刻まれている。

「これは……人の名前……?」

 ユキは文字を目で追う。百二十五人の名前が書かれていた。

「それは、五十年前にここへ墜落した飛行機に乗っていた人たちの名前です」

 プレゼントを配り終えたサンタが言った。

「事故が起きてここへ……?」

 ユキが尋ねる。

「ええ。八十人の子どもたちが、学校の行事で旅行をしていた時、不運にも乗っていた飛行機がエンジンに鳥を巻き込んで……」

「サンタさんは、ここで何をしているのですか」

「亡くなった子どもの親御さんたちが、ここへ毎年プレゼントを届けてほしいとわしの勤める会社に依頼が来たのです。今年で五十年目になる」

〈五十年、ずっとあなたが配っていたのか?〉

「はい、五十年もこういう活動をしていると、なんだか自分の子どものように感じて……。あ、わしはロボットでしたね」

 サンタは、悲しそうな表情を浮かべた。

「また来年もここへ来るのですか?」

 ユキは、石碑に積もった雪を払いのける。

「いや、残念ながら、親御さんたちからいただいた料金は五十年分で、今年で最後です。だから、サンタとしてここへ来ることはない」

 するとマオが、

「サンタさんは、もうサンタさんじゃなくなるの?」

 彼は少しの間考え、

「そうじゃな。もうサンタは引退かな」

 マオの頭をなでた。そして、

「だから、来年からここへは一個人として来ることにする」

「それはどういうことですか?」

 ユキが聞くと、

「わしは子どもたちに情が移ってしまった。今年で会社を退職して、この近くに家を建てて暮らしたい。そう思っています」

 サンタは、決意に満ちあふれた表情をしていた。

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