第五十五話:おじいさんとロボット
たくさんの木で覆われた山道をレッカーはゆっくりと走っていた。もうすぐ夕方。そろそろ寝泊まりする場所を決めなければならない。
「今日も野宿かしらね」
ユキはハンドルを握りながら冷静につぶやく。
「野宿? また虫が寝袋の中に入ってこない?」
マオが眉をひそめる。昨日、たき火を起こした近くで休んでいた時、毛虫が耳元を這っていたのだ。
「あら、マオは虫が苦手だった? 普通に触れるじゃない」
「そうじゃなくて、あたしが寝ている間に潰しちゃったらイヤだもん」
「ああ、そういうこと。じゃあ、今日はレッカーの中で寝る?」
「お姉ちゃんが膝枕してくれるなら」
「仕方ないわね」
ユキは小さく笑みを浮かべ、辺りを見回す。すると、
「あれは……」
ユキの視界の先に、バラックのような平屋建ての家が一瞬見えた。木に隠されるように建っていて、あまり人目にはつかなさそうだ。
〈……寄るのか?〉
レッカーが尋ねる。
「一応ね」
レッカーを、その家の前で停めた。
「…………」
家の姿を見たユキは、少しため息をつきたい気持ちになった。
その家はかなりボロボロで、壁のあちこちに小さい子どもくらいの大きさの穴が開いていて、中の様子が見えてしまっている。屋根も一部がなくなっていて、野ざらしの状態だ。しかも、周りの木から枝が縦横無尽に伸びており、今にも押し潰してしまいそうに壁にまとわりついている。
〈寝るには良いとは言えないな〉
「そうね。いつこれが崩れるか分からないし、これじゃ野宿と変わらないわ」
そう言うと、ユキは運転席を降りた。
「どこ行くの、お姉ちゃん」
マオは首をかしげる。
「家の中を調べるの。何か使えそうなものがあったらもらっていくわ」
「泥棒? 泥棒?」
ワクワクした表情で、マオも外に出る。
「違う。頂戴するの。今、わたしたちは困っているのでちょっと分けてくださいって言いに行くの」
「もし誰もいなかったら?」
「しばらく誰も住んでいないことを確認してから、いただくわ」
「おやつはあるかな」
「こんな家にある食べ物なんて食べたら、お腹壊すと思うけど、それでもいいの?」
「イヤーだ」
マオは、ちょろっと舌を出して笑った。
ユキは玄関のドアに手をかけた。
「…………」
木製のドアは腐っていたようで、かんたんに砕けてしまった。
マオが入りやすいように、ドアだった木片を片付けてから家に侵入する。
入ってすぐに、リビングがあった。雨水を吸って変形しているテーブル。鳥の糞がこびりついているイス。苔に支配されつつある床。周りのレンガが剥がれ落ちた暖炉。もちろん、ここには誰もいない。
何か使えそうなものがないかと探した。しかし、鍋は雨風にやられてさびているし、食器は取り除くのが難しい汚れが付いている。他にもめぼしいものはない。もしかしたら、ここに来た先客にあらかた持っていかれたのかもしれない。
リビングの奥に一つだけドアがあった。もしかしたら寝室か。ユキはマオを連れて、慎重にドアを開ける。
やはりそこは寝室だった。ベッドが一つあって、木製のデスクと、たくさんの本がある。ただし、ベッドには骸骨が寝かされていて、その頭の近くにあるイスには、かなり古い人型ロボットが座っていた。
「何、あれ?」
マオが骸骨を指さす。
「しっかり手をつないでいるのよ」
ユキは少しだけマオの手を握る力を強くした。
イスに座っているロボットに、ユキは触れてみた。彼女のデータベースには存在しない機種で、右足がちぎれていて無い。これにも苔がびっしりと生えている。何らかの理由で機能停止しているようで、揺すっても目を覚まさない。
これは一体どういう状況なのだろう。気になったユキは、部屋の中を漁ってみる。
「あ……」
デスクの引き出しの中に、A4用紙が一枚入っていた。手紙らしく、手書きで何か書かれている。
「何それ? 何が書いてるの?」
マオがジャンプして手紙をのぞき込もうとしている。
「待って、読んであげるから」
その手紙には……
この骸骨は、百歳で亡くなった男性であること。このロボットは、その人間に百年仕えた召使ロボットであること。ロボットの視点で、おじいさんの生まれた時のことや結婚したこと、子どもはできなかったこと、おじいさんが八十歳の時に妻を亡くしたこと、それから町を離れて山奥の家に引っ越したこと、そして彼が天国へ旅立った時のことが淡々と書かれていた。
そして最後には、
『どうか、私たちを眠りにつかせてください。他の部屋のものは持っていっても構いません。でも、この部屋だけはこのままにしてください。それが、ロボットである私の最後のお願いです』
この文章で手紙が終わっていた。紙の一番下に書かれている日付は、およそ百年前のものだ。
読み終わると、ユキは手紙をデスクの中に元通りに仕舞った。
「さて、行くわよ」
マオを連れて部屋を出る。
「泥棒はしないの?」
「しないわ。何も持って行かない。このままにしておきましょう」
そして、ユキとマオはレッカーに乗り込み、出発した。
「あの人たちは眠っていたの?」
マオは後ろを振り返り、だんだん小さくなる家を見る。
「そうね。きっと楽しい夢でも見ているわ」
二人と一台は、楽しくお話ししながら旅の続きを始めた。
五十六話をお楽しみに




