第三話:奇妙な荷物②
ユキが仕事前にくれた情報によれば、この先の先住民族は魚や獣を狩り、木の実を採って暮らしているという。言語はユキやマオの使うものと変わらないらしい。だからと言って、俺の言葉が通じるとは思えないが。
ジャスティンはシートに寄りかかってぐったりと目を閉じている。熱中症で体が弱り、風邪をこじらせたのだろうか。とにかく、自分にはどうしようもないから、すぐに人間に見せてあげないといけない。いくら未開発の土地でも、何かしらの治療手段はあるはずだ。
泥沼にはまりそうになりながら数キロ走っていると、人工物の姿がちらっと見えてきた。と言っても、コンクリートなどの代物ではなく、見た所植物を編んだものでつくられた屋根だ。風通しが良さそうだ。とても。
ようやく切り開かれた場所に出た。そこは、まるで広場のような所だった。半径百メートルくらいで、そこを囲むように家々が立ち並んでいる。雨で地面がぬかるんでいる。
雨音で気づかないのか、誰も姿を現さない。ジャスティンを早く診せなければならない。少々強引だが、この手を使うしかないだろう。
「プップー!」未開の土地に、かん高いクラクションが鳴り響いた。
戸が一斉に開き、槍や弓矢などの武器を持って男共が飛び出してきた。全員腰に布を巻いただけのシンプルな衣装だ。
男共は槍を投げることも無く、矢を撃つことも無く、一定の距離を保ってこちらの様子をうかがっている。初めて見たであろう俺を警戒しているのかもしれない。
俺は運転席を開け、
〈大丈夫か。村に着いたぞ〉
とジャスティンを起こす。話が通じたのかは分からないが、彼女は重そうに体を起こし、両足を外に出して着地しようとした。だが、力が抜けたらしく、仰向けに落っこちた。
まずい。間違って撃たれるかも。そう思ってクレーンを振りまわす用意をする。しかし、彼らは彼女へ駆け寄って来て、どうした、大丈夫か、と声をかけてきた。
目を閉じて動かない彼女をかついで、男共は一番立派な家へ運びこんでいく。
雨足が少し弱まってきた。
翌日の朝、俺は子どもたちと戯れていた。
というのは若干誤解があって、実際は勝手に群がってきて荷台や運転席に乗ろうとしたり、クレーンにしがみつこうとしたりしている子たちに遊ばれているだけだ。でも、俺は子どもが好きなので、決して迷惑しているわけではない。むしろ楽しい。
クレーンフックに掴まった男の子を軽く揺らす。「ワッ、ワッ」と驚きながらもはしゃぐ。我も我もと一気に押し寄せてきた。ああ、忙しい。
「フフ、あなた人気だね。嫌そうにしてないってことは、案外楽しかったりするんだ」
口を手で押さえながらジャスティンは笑った。村長の家でお世話になった彼女は、薬草の効果で大分症状が抑えられているようだ。まだ少し顔が青白いが、それもすぐ治るだろう。
「あなたは命の恩人。本当に助かった。わたし、決めたの。しばらくこの村にお世話になる。どういう生活をしているか、肌で感じたいから」
そう言って運転席のドアをなでた。この分だとお礼は無さそうだが、まあ、このなでなでで良しとするか。ユキとマオには楽しい土産話になるだろうし。
突然、笛の高い音が一帯に響いた。その音に、子どもたちは一斉に俺から飛び下り、広場を走っていく。ジャスティンも後を追いかけていく。俺も気になり、音のする方へ向かう。歓声も上がっている。
広場に男共が入ってきた。棒にくくりつけて動物を運んでいる。見ると、それは大きなシカだと分かった。見たことの無い大きさだ。彼らのうちの一人が笛を吹いている。
男共の周りを、子どもと女性たちが踊っている。村全体で獲物が獲れたことを祝福しているのだろうか。
すぐに解体が始まった。頭を切り落とし、胴体の肉を分けていく。まだ充分の熱を帯びているらしく、薄く湯気が上がっている。
部位ごとに分けられた肉を女性たちが移動させ、広場の隅に持っていく。すると、長老らしき男性が現れ、広場の中央に焚かれた炎に近づいていく。
男二人がシカの頭を抱え上げた。そして丁寧に焚き火の中へ置く。
広場にいる人たちが焚き火の前に集まり、正座する。前に一人だけいる長老が、燃やされるシカの頭に向けて呪文のような文言をしゃべっている。どうやら、「私たちに命を下さり、ありがとうございます。安らかにお眠りください」というような意味らしい。
十分ほどその儀式が続くと、長老が立ち上がり、「皆の者、いただこう!」と女性たちを調理に向かわせる。
これらの様子を、ジャスティンは引きこまれるように見つめていた。
食事に誘われたジャスティンは、村の女性と同じ格好をしていた。歓迎されたらしい。
百人ほどが焚き火を囲んでシカ肉や木の実を分け合って食べている。それぞれで談笑し、楽しいひと時を過ごしている。
彼女は子どもたちに質問責めにあっている。外の世界はどんな風なのか、あの鉄の塊がたくさんいるのか、など返答するのが大変なくらいの数だ。
そのうち、食事に飽きてきた子どもたちはジャスティンが寝泊まりする家を覗きこんだり、中に入ったりするようになった。家主はそんなの気にしない、子どもは無邪気でいいと他の大人と話しこんでいる。
「なんだこれ」「何に使うんだろ」
子どもたちが家から出てきて、何かを引っ張ったりにおいをかいだりしている。
「腰に巻くんだよ」「ええ? 胸に付けるんじゃない? 飾りだよ」
胸に付ける、という言葉に、ジャスティンが反応した。
「あっ!」
彼女は顔を真っ赤にして足がもつれるほどあわてて彼らの下へ駆けていく。
「返して! それはわたしのブラなんだから」
もうちょっとー、と一人の男の子が広場を駆け回る。それを全力で追いかける。
「これを何に使うのか教えてくれたら返してあげる」
「本当……?」
運動に慣れていないのか、彼女は早くも息切れしている。男の子がうなずいた。
「分かった……教える……。はあはあ……。それは、胸に付けるの」
何のために? と女の子が尋ねた。
「む、胸の形を整えるためよ」
へえ、と皆が布が巻かれているジャスティンの胸に視線を向けた。
「わ、分かったなら、早く返して……」
「それじゃ、ママが付けたらいいのかな?」
別の男の子がそれをひったくり、自分の母親の方に走っていく。病み上がりで疲れた体を奮い立たせ、再び追いかけた。
「ねえ、ママ。ちょっとこれを胸に付けてみて」
大人は全員お酒を飲んでいた。上機嫌らしい母親は、いいわよ、と言う通りにする。
「あら、あなたそれ可愛い飾りね」
隣の中年女性が声をかけている。
「あたしもいい?」とまた別の女性が布を外す。どうぞ~、と機嫌良く渡した。
ジャスティンが止めようとするが、その場はブラの試着会場と化していて、彼女の手を阻んでいた。男共や長老までもがその様子を酒の肴にしながら楽しんでいる。女性たちからは、きれいな装飾品として気に入られたようだ。
突然、俺の頭脳の中に一つの考えが浮かんだ。これはいい商売になるかもしれない。俺は広場の中心まで乗り入れると、彼女たちの近くに止まった。
「どうしたのかしら、この乗り物……。そうだ! 外の世界にはこれがいっぱい売ってるんでしょ? そしたら、これに乗っけてもらいましょうよ」
そうよ、そうよ、そうしましょう! と女性の間で意見が一致した。あのー、下着返してください……、とジャスティンは訴えるが、目の色を変えた女性たちには全く届いていないようだ。
長老も、「そろそろ新しい文化を取り入れてもいいかもしれない。わたしたちは環境に順応しなければならないのだ」と外へ出かけることを了承した。
そのためには大量の品物を用意して交換してもらわなければならない、として、たくさんの魚や獣の肉が俺の荷台に載せられた。後で掃除してもらわなければにおいが残ってしまう。
こうして、交換の品と代表の女性数人を載せ、俺はその村を後にした。
ふと後ろを見ると、ジャスティンがボロボロに破れて汚れた下着を拾って口をあんぐりと開けていた。
さて、ユキとマオが俺を見たら、どんな顔をするだろう。楽しみだ!
第三話はこれで終わりです。また次作にてお会いしましょう。




