第五十四話;廃都会の小さな宿②
すごいすごい! この子たち、私が想像していた通りの姉妹だ。お姉さんの方は、若いけど大人びた雰囲気があって、妹は元気いっぱいのお子様っていう感じ。まるで、自分の脳内から飛び出してきたような子たちだった。
「あの……」
ユキと名乗った少女は、気が付いたら私の顔をのぞきこんでいた。「大丈夫ですか。ぼーっとしているように見えるのですが」
ハッと我に返った私は、せきばらいを一つして、
「ええっと、ごめんごめん。とても可愛らしい子たちが突然現れたものだから、妄想しちゃってた。あー、ようこそ民宿へ。私はティオナ。久しぶりのお客さんだから、どう出迎えたらいいか分かんないや。あ、そうそう、私、誰にでもため口で話しちゃうんだけど、大丈夫? 初対面だからそういうの気にする?」
興奮が収まらなくて、ついつい機関銃のようにしゃべってしまった。まあ、普段も私が一方的にしゃべってるから、癖なのかもしれない。
「大丈夫です。そういう人間とは何度も会話しているので」
ユキちゃんは淡々と答えた。
「そうなんだ。他人との壁をつくらずに踏み込んでくる人はいるからねぇ。私は全然平気だけど。ユキちゃんも平気そうで良かった。あ、ユキちゃんって呼んでもいい? もう言っちゃったけど」
「ええ、構いません。今日は部屋は空いてますか? それを確認したいんですけど」
「あ、ああ! もちろん空いてるよ。おっと、お客さんを玄関に立ちっぱなしにさせたらダメだよね。ささ、上がって。そちらの……何ちゃん?」
「この子はマオです」
ユキちゃんがマオちゃんの肩に手を置いた。
「ねえねえ、今日はベッドで寝れるの、お姉ちゃん」
マオちゃんが姉に尋ねる。
「そうみたいよ。だから、この人にあいさつしましょ」
そうしてユキちゃんは、
「よろしくお願いします」
と私に頭を下げた。
「お願いします」見よう見まねで、マオちゃんも頭を下げる。
「よろしくねぇ。荷物はないみたいだね。まあいいや。じゃあ、お二人をご案内~」
私は二人を連れて二階への階段を上がった。
「うわぁ、ふかふか!」
寝室に案内したとたん、マオちゃんが靴を脱ぎ散らかしてベッドに飛び込んだ。匂いを味わうように顔をうずめている。
「当たり前だよ。今日の昼間にバッチリ天日干ししたから」
私は腰に手を当て、自然と笑みがこぼれる。
「二週間ぶりのベッドだから、ここに来るのがとても楽しみだったようなんです、マオは」
ユキちゃんが私を見ながら嬉しそうに話す。
「そうなんだ。普段はさっき乗ってたクレーン車で旅してるの?」
「はい、車中泊が多いので、足をちゃんと伸ばせるところはご褒美で。あまりお金がないものですから」
「そっかー。貴重なお金でここを選んでくれてうれしいな。絶対損させないから。あ、そうそう。お金は先にいただくよ」
私が右手を出すと、分かりましたとユキちゃんは答え、財布からお札を出した。
「これで足りるかと思います」
「ちょっと多いね。お釣りは……」
今度は私がお財布をポケットから出して、彼女にお釣りを渡す。
「ありがとうございます」
ユキちゃんは、そそくさとお金を仕舞った。まるで誰にもお金を持っていることを知られまいとしているかのように。よっぽどお金が大事らしい。いや、私もお金は好きだし大切だけれど。
「食事は何人分作ったらいい? 正直、最近のロボットは人間と区別がつかなくて……」
「わたしはロボットなので、一人分でいいです」
「分かった。七時からご飯食べられるけど、これからどこか出かける? それで帰ってくるの遅くなる?」
私は壁にかけられた時計を見る。あと二時間ちょっとある。
「せっかくなので、この街を見て回りたいと思います。他の旅人からある程度話は聞いていますが、マオが気になっているようで。その時間には帰ってくる予定です」
「うん、とびっきりおいしいのつくって待ってるから」
私はサムズアップをしてみせる。
「おいしいのつくるって言ったの?」
マオちゃんが興奮しながら姉に尋ねている。いきなり息が荒くなったような気がする。この子は食べるのが好きなのだろうか。
「ええ、そうよ。だから、たくさんお腹を空かしておきなさい」
ユキちゃんが優しく頭をなでると、マオちゃんはフフンと笑顔になった。
そして、二人は観光に出かけていった。
ようし、つくるぞ! 私は腕をまくりながらキッチンへ向かった。
食事をテーブルに並べていると、二人が帰ってきた。
「おかえり! 街はどうだった? あ、食事しながら話そうか。私も一緒に食べるけどいいでしょ?」
「はい。わたしは大丈夫です。マオはおいしいものが食べられるなら他のことは気にしないので、文句は言わないでしょう」
ユキちゃんは、彼女の横に並ぶマオちゃんをちらっと見た。そして、マオちゃんを連れてディナーの前に座る。
マオちゃんはテーブルの上の料理を凝視している。鼻を近づけてクンクンと匂いをかいでいた。
今日の晩御飯は、白米の上にハンバーグと卵をのせたものだ。この料理の名前は知らない。ずっと前に旅人から教えてもらったものだ。子どもは間違いなく好きだろう。
「さあ、食べよう。熱いうちに食べるのがおすすめだよ。ささっ、早く食べて感想を聞かせて」
私はマオちゃんを促す。
「……」
マオちゃんは無言でスプーンを使ってハンバーグを少しとって口に運んだ。数回モグモグしていたが、
「おいしい!」
マオちゃんは、両手でほっぺを押さえてフフンと笑った。
「良かったー。久しぶりに他人に料理を作ったけど、そう言ってくれると嬉しいよ」
自分もハンバーグを食べる。うん、なかなかうまくいった。ソースは市販のものだけど、十分いける。
少しの間、私とマオちゃんは食事を楽しんでいたが、ユキちゃんが暇そうにしているのに気づいた。
「あ、ごめんユキちゃん。二人だけ楽しんじゃって。あ、そうだ。街を見てみてどうだった?」
「かなり整備された街ですね。インフラが整っていて、住みやすいところだと思います。あと、車で少し行けば森があるので、森林浴をしに出かけることもできるでしょう。それに、他の旅人から話は聞いていましたが、ここは戦争が終わってそのまま放棄された街のようですね。爆撃や砲撃の跡が建物に残ってるところがありました。ただ、あまり崩壊している建物はなかったです。ここは比較的戦闘に巻き込まれなかった場所のようです」
「そうだねー。ここに住んでいた人たちは、戦地になるのを恐れてほかの町に移ったそうだよ。まあ、移った先の町では、すさまじい攻撃をたくさん浴びたみたいだけど。あまり生き残った人はいなかったんじゃないかな」
「それにしても、どうしてこんなに建物が残った街に、誰も住んでいないんでしょう」
「そりゃ、物資を補給できる街からかなり遠いからね。だから、ロボットはここに戻ってこなかった。あと、変な噂がたったみたいで。戦争があったのにあまり被害がなかったのは、細菌兵器が使用されたからじゃないかって。今でもそれは残っているかもって。もちろんそんなことはなくてただの嘘っぱちなんだけど、そんな話が広まっている所に住みたい人はいないんだ」
「ティオナさんは、どうしてこの街に?」
「親がこの街で育ったんだ。一人ぼっちになったとき、ここに来たくなった。それに、昔住んでた家で宿を開けば誰か立ち寄ってくれると思って。さっきも言ったけど、この周辺にほかの町はないから」
「そうですか。ここの生活はどうですか」
「楽しいよ。ネットで他の人とつながれるから、それほど寂しくないし、旅人の役に立ってるって実感してるから嬉しい。あ、そうだ。実は私、小説を書いていて、ネタがほしいの。だから、これまで旅の中での面白いことがあったら教えて」
「はい、マオは食事にとても満足しているので、お礼に話しましょう」
ユキちゃんは、口いっぱいに詰め込んでいるマオちゃんの頭をなでた。
そうして私は、ユキちゃんからいろんな話を聞いた。楽しかったこと、苦労したこと、危険なこと。それらはどれも私が経験したことのないことで、とても新鮮だった。
しばらく話をして、マオちゃんが全て平らげた時、
「ん?」
私は玄関の方を見た。家の前に車が停まった音がして、ポストに何かが入れられた。そして、エンジン音が遠くなっていく。
「なんだろ。めったにポストは使われないんだよね。ちょっと見てくる」
玄関を出て、辺りを見回す。明かりのない通りはとても暗く、ユキちゃんたちが乗ってきたクレーン車の輪郭がかろうじて分かるくらいだ。
ポストの中を覗くと、封書が一つ入っていた。差出人を見ると、
「…………」
国の軍関係者からのものだった。
3へ続きます。




