第五十四話;廃都会の小さな宿①
普段はほとんど車が通らない私の家の前を、今日は軍用車が二、三台ゆっくりと通り過ぎていった。まるで私の家を見張るかのように。
まあ、この辺には自分一人しか住んでいないから、彼らに見られるのは仕方がない。でも、せっかく何もない静けさを感じながら一日を生きたいのに、物騒なものを見てしまっては寂しい気持ちになる。ロボットの時代になって人間の肩身が狭くなってきているんだから、せめてこの家、そしてこの街くらいでは伸び伸びと過ごさせてほしい。
軍用車がいなくなると、再び静寂が戻ってきた。ふう、と私は息を吐いた。胸の奥にあった息苦しさが少し減った気がする。
私は家の周りを見渡した。一見さんが見たら、ここは大都会の大通りだろう。確かに、戦争が始まる前は人々でごった返していたらしい。でも、今は人っ子一人見かけない。車の姿もない。あるのは、時々風に吹かれて転がってくるゴミくずと、私と私の一軒家。宿として内部は改装したけれど、外見は今にもつぶれそうな二階建ての家だ。
昨晩も、お客さんは一人も来なかった。まあ、副業でなんとか食べていけるから、問題はないが。でも、ここ一か月くらい人間やアンドロイドとお話ししていないから、ちょっとだけ物足りないかな。寂しくはない。人間関係には、もう疲れた。
さて、一日を始めようか。ふふ、早起きして外に出た甲斐があった。東から昇ってくる朝日がきれいだ。今日も暑くなりそうだ。朝ご飯をつくろう。私は家へと引っ込んだ。
朝ご飯を食べ終わると、部屋の掃除にとりかかる。もちろん、お客さんに貸すところをだ。全部で四部屋ある。
ここへ泊まりにくるのは、ほとんどが旅人。人もいればアンドロイドもいる。彼らは普段は野宿かあるいは車を持っている場合は車内泊らしいけど、それゆえにふかふかのベッドというのが心地よいようだ。
いつ誰かが泊まりに来てもいいように、晴れた日には庭に物干し竿を用意して布団を干すようにしている。「いつ来ても太陽の匂いがする」と、何回か泊まりに来た人がそう言っていた。そうして褒められると、宿の主人としてうれしく思う。
布団を干し終わると、ほうきで床を掃く。板張りの床は定期的にワックスを塗っているからピカピカだけれど、ちょっとでも汚れた部屋に客を通すのはイヤだ。まあ、どーせ客の靴にこびりついた泥かなんかですぐ汚れるが。だからって、最初から汚くてもいいという理由にはならない。
毎日やっているそれらの日課をようやく終え、私は一階にある広間のイスに座って一息ついた。淹れたブラックコーヒーを一口飲む。うん、インスタントだけれど、おいしい。最近はコーヒーの値段がとても高くなってきていて、世間ではすっかりぜいたく品の仲間入りをしてしまったが、私は一日も欠かさず楽しむ。
あとで、この広間もほうきで掃かないとな、とふと思った。ここは普段は私が広間の奥にあるキッチンで作ったご飯を食べたり、副業をしたりしているが、お客が来たときは団らんや賭け事をする場所になる。一人の時は外からの小鳥の声や風の音、雨の音だけしか聞こえないものの、一人でもお客さんが来るとたちまち騒がしくなる。私は本当は人の話を聞くのがすごく好きで、お客さんからうまく旅の話を聞き出して楽しむ。知らない人と聞いたことのない話題で盛り上がるのは好きだし、それに副業のネタ集めにもなる。
お昼まではインターネットで記事を読んでダラダラしていたが、ご飯を食べ終わってからはようやく仕事に本腰を入れる気持ちが湧いてきた。
私は一階にある自分の寝室からノートパソコンを持ってくると、広間のテーブルに置いてスイッチを入れる。とあるファイルを開くと、画面に書きかけの小説の文字列が並んだ。
見ての通り、私は一応小説家をしている。一人で生きていけるくらいの収入はある。ライトノベルという若者向けの小説を発行する出版社に所属していて、その会社の中では五本の指に入るくらい有名だろうと思う。
だが、ここ一年はまったく刊行できていない。既作が重版されているから収入があるだけで、ネット上では「いつになったら発売するんだ」という声をよく見かける。
「うわー!」
私は、つい叫んでしまう。だって仕方ないのだ。モチベーションがあがらないのだから。テーブルに突っ伏す。
スランプ中の一年の間に、色々お客さんからお話を聞いた。でも、それまで聞いた話とどこか似ていて、新鮮味がない。アンドロイドは感情をこめず淡々と出来事しか話さないし、人間は男ばかりだから仕事の愚痴と酒と博打と女の話しかしてくれない。私との性行為を求めてきた輩もいた。もちろん、そんな奴は尻を蹴っ飛ばして追い出してやったが。
私が書きたいのは、若い姉妹の旅物語だ。何か商売をしながら旅をしているのがいい。二人っきりの旅は、さぞ楽しいことだろう。姉妹物は、男性読者の興味を惹く。姉妹が主人公の物語はいっぱいある。
だから、旅を実際に体験した人たちから話を聞けば、リアルな旅物語が書けると思っている。でも……
私は次第に意識が落ちていった。
「ふがっ!」
突然意識が戻ってテーブルから顔を離すと、窓から入ってくる日光がオレンジ色に染まっていた。
えっ、もう夕方!? いけない、布団を外に干しっぱなしだ。
急いで布団を片付けて部屋にキレイに敷いていたら、さらに日が地平線に近づいていた。
キッチンでご飯の準備をしながら、ため息をついた。また昨日と同じ一日だった。一昨日も同じように過ごしていた。おそらく、明日もきっと同じ……。何か刺激のあること起きないかなー。
パンとスープのかんたんな食事を食べ終わると、何か外から物音が聞こえた。どうやらエンジン音のようだ。ん、もしかして久しぶりの旅人か?
私は慌てて寝室に駆けていき、あちこちに跳ねている髪の毛を少し整え、本当は化粧もしたかったが時間がないので泣く泣く諦め、何もない床ですっ転びそうになりながら、玄関のドアの前に気をつけの姿勢で立った。息切れがして苦しい。こんなに走ったのは久しぶりかも。脳が酸欠を起こしそうだ。
コンコン、と二回ノックがされた。私は冷静さを装って静かにドアを開ける。
そこには、私より十歳くらい若く見える少女が立っていた。紺色の作業着を着ていて、髪はショートカット。隣には、五歳か六歳くらいの女の子がいて、作業着の少女の手をしっかりとつないでいる。すると作業着の少女が、
「わたしはユキと言います。良かったら、一晩泊めていただけませんか」
彼女は微笑を浮かべてそう言った。
私が想像していた理想の姉妹が現れた瞬間だった。
2へ続きます。




