第五十一話:流れ着いたもの
川沿いのぬかるんだ道を、一台のクレーン車が慎重に走っていた。車体の色は白、クレーンの色は赤だ。
泥をタイヤで巻き上げて車体に付着するたび、クレーン車はイヤそうにエンジンをブルルとふかす。さっきまでいた町で洗車したばかりなのだが、また泥だらけに逆戻りしてしまうことに抵抗があった。
五分ほど林の中を走り、再び川の姿が見えるようになると、そのクレーン車は前方に何かを見つけた。
〈ユキ、川に何かが落ちてるぞ〉
運転手にそう知らせた。
「ん、何……?」
紙の地図を見てうつむいていたユキという少女は、顔を上げる。
「本当ね。あれは金属資材かしら。ちょっと停まって」
ユキはクレーン車にそう言った。
クレーン車は返事をする代わりに、ぬかるんだ道から丸い石が敷き詰められた場所へ移動し、停車する。
「あっ、あれはもしかして……」
そうつぶやいて、ユキは運転席から飛び降り、目的の物体まで走っていく。
「どうしたのー?」
助手席に座っている五~六歳ほどの女の子が、後を追って外に出る。
「すごいわ……。これはめったにお目にかかれない最高級の金属よ……」
ユキはまるで周りの景色が見えなくなったかのように夢中で金属に触れている。
〈そうか。そんなに高く売れるものなのか?〉
クレーン車が尋ねた。
「もちろん! すっかり採りつくしてしまって、使える量が世界中探してもごくわずかしか無いって話なんだから」
今のユキは、子どもみたいに目をキラキラと輝かせている。
〈なるほど。なんでそんなものがここにあるんだ?〉
「おそらく、あれよ」
ユキは川の上流を指さした。そこには、崩落した橋がある。
〈ああ、そういえば昨日ニュースでやっていたな。山の中に架かっている橋が老朽化で崩落して、トラックが一台落ちたって〉
「その通り。ここは大きな街からは結構離れているから、トラックを引き上げるだけの人材しか派遣できなかったようね。でも、わたしたちみたいな仕事をしている者にとっては、これはチャンスだわ」
ニヤッとユキは不敵な笑みを浮かべた。
〈まさか。これを回収して帰ろうって言うんじゃないだろうな〉
「そのまさかよ」
〈ああ、いつもの俺たちなら間違いなくそうしていた。これをトラックの会社に届ければ、たんまりとお礼がもらえるだろう。だが、俺の荷台を見てくれ〉
今日は珍しく、仕事で別の金属資材を運ぶ途中で、荷台はそれで満載なのだ。
「分かってる。だから、川に落ちてるほうの金属を林の中に固めて置いておいて、隠すの」
ユキは、さっき通り過ぎた林を指さす。
〈なるほどな。明日の午後にはまたここに来れそうだから、それを拾っていくってことか〉
「ええ。会社の住所は昨日ニュースで流れていたから、記憶しているわ」
すると、クレーン車はせきばらいをして、
〈一つ提案がある、ユキ。俺の荷台の荷物を全部捨てて、代わりにこの金属を載せて運んだほうが、金になるんじゃないか? さあ、どうする〉
クレーン車は、彼女を試すかのような口ぶりで言った。
その言葉に、ユキは数秒あごに手を当てて考える。そして、
「いえ、仕事はしっかりこなすわ。今手に入るお金よりも、人脈の方がよっぽど後々に金になるもの」
ユキは自信に満ちた表情で答えた。
〈よし、それならさっそく作業に取り掛かろうか。おい、マオを俺の助手席に乗せてくれ。うろちょろしてると危ない〉
そうして、クレーン車はユキの指示に従い、金属をクレーンで吊り上げて林の中にすべて運び込み、青いビニールシートで覆った。
「頼むわよ……。お願いだから誰も回収に来ないで……」
やがて、ユキたちは仕事のためその場を離れた。
翌日の午後、その場所へ戻ってみると、移動させておいた金属はすべて消え失せ、ビニールシートが無残に放置されていた。後で調べると、トラックを所有している会社が回収したのだという。
ユキがひどく落胆したのは言うまでもないが、人脈は守れたわ、とすぐに前を向いた。
五十二話をお楽しみに。




