第五十話:マオとお友達③
えっ、いない? こんなに明るい子なのに? もしかして、車中泊だからっていう理由でいじめを受けているのか? それはありえる。さっきだって、レッカーという車と鬼ごっこしてたみたいだし。
「えっと、マオちゃん。友達はほしくないの?」
これを言った直後、なんか自分がとんでもない爆弾を投げつけてしまったのでは、と冷や汗が出た。
「ほしいなぁって思ったことはあるけど……。あたし、お姉ちゃんとレッカーと一緒に旅してるから。つくろうとしてもできないの」
マオは淡々と話した。
そうか。マオちゃんは旅人だったのか。それなら、友達をつくるのは厳しいだろう。
でもね、とマオは話を続けた。
「お姉ちゃんとレッカーがいるからちっとも寂しくないよ。友達つくれなくても楽しいし」
「友達つくれなくても……楽しい?」
リーアは信じられないという表情をした。
友達がいるというのは、一種のステータスだ。たくさんいればいるほど、自分の集団での立ち位置は高くなる。
それが、この子は友達などいなくてもよい。家族さえいればいい。そう言っている。
「家族……」
リーアは無意識にそうつぶやいていた。
そういえば、最近家族と話できていない気がする。悩み、ちゃんと話してみようか。そう思った。
「あ! 待って!」
突然、マオが叫んだ。「あたしたちって、もう友達じゃない?」
それを聞いて、リーアは表情が固まった。
「えっ、友達……?」
「そう! だって、一緒にベッドで寝てるもん。これは友達じゃないとやらないよ」
自信たっぷりにマオはそう言った。
それを聞いて、リーアはハッと気づいた。友達になるには何をすればいいのか分からないが、相手がそう言っているのであれば、自分たちは友達なのだろう。
たぶん五歳くらい年が離れているものの、そういう友人もアリだ。
「友達だね!」
リーアは手を差し出した。マオはもちろんそれを握る。マオの手は、温かくて小さくて柔らかかった。
リーアとマオに、初めての友達ができた。
その後、マオが旅先で経験したこと、そしてリーアが一人で遊んだり家族で出かけたりしたことを話して、楽しい時間を過ごした。
そのうち夕方になって、
「あ、そろそろ帰らなくちゃ」
マオが突然立ち上がって自分のコートを持つ。すると、
「マ、マオちゃん。ちょっと待って!」
リーアは彼女を呼び止めると、自分の机の中からデジタルカメラを取り出した。
「マオちゃん、写真撮ろう!」
リーアは慌ててそう言った。
マオは少しの間目をパチクリさせて思考を停止させていたが、
「うん、いいよ!」
コートを放り出してリーアの近くに駆け寄った。
リーアは机の上にある本棚に、タイマーをセットしたカメラを置き、マオを連れて隣に並ばせる。二人は自然と手をつないでいた。
「カメラの方をちゃんと見てね」
リーアは小さい声で注意する。
そして、パシャッとシャッター音が部屋に響いた。
リーアは写り具合を確認すると、ボタンをいくつか操作する。すると、部屋の奥にある小型のプリンターが動き出し、写真が二枚出てきた。
「はい、マオちゃんに一枚あげる」
マオはそれを受け取った。二人とも、写真に写るのに慣れていないのが丸わかりで、どちらも真顔だ。
うーむ、とリーアは写真を持っていないほうの手を腰に当てながら考える。
「ねえ、マオちゃん」
「ん?」
マオは顔を上げる。
「笑顔ってできる?」
できるよ。そう言って、満面の笑みでピースサインして見せる。
「うらやましいなぁ。私、笑顔をどうしてもつくれなくて……」
リーアは肩を落とした。今まで、学校で集合写真を撮っても、いつも苦笑いになってしまっていた。
「じゃあ、コチョコチョしてあげよっか?」
マオがニヤける。そして、了解を得ることもなくリーアの腰をくすぐる。
「あっ、キャハハハハ! やめて! 息が……息が……!」
マオが手を止めると、リーアはまるで徒競走をした後のように息を荒くした。
「ほら、今笑ってたよ」
マオは彼女の顔を指さす。
「え、本当……?」
まさか、という表情で、リーアは自分のほっぺたを触る。
どう考えても自然な笑顔ではないと思うけれど、一応自分もそれができる人間なのだ、と一安心した。
「早く撮ろうよ。あたし、そろそろ帰らないと」
「あ、ごめんごめん。そうだね」
リーアだって、母親が帰ってきたら困るから、慌ててカメラのタイマーをセットする。
そしてマオの隣に立つと、
「じゃあマオちゃん、よろしくお願いします」
リーアは腕を上げ、いつでもくすぐられる準備をした。
「いっくよー!」
気合十分の顔でマオは、おもいっきりリーアの腰をくすぐった。
「キャッ、キャハハハハ! ハハハハハ! フヘヘヘヘ!」
十秒後に、自動でシャッターが押された。
写真の中のリーアは、自分でも見たことないくらい笑顔だった。顔を真っ赤にしていて、息をするのも大変そうにしている。彼女をくすぐっているマオも同じくらい笑っていた。若干、いたずらっ子っぽい笑顔だ。
マオとの二枚の写真をそれぞれ木製の写真立てに入れていると、
「じゃあね、あたし行くから」
コートを着たマオはそう言って、ドアを開ける。
「あっ、ちょっと……!」
慌てて駆け寄ると、リーアはマオを抱きしめた。
「ん? おねーさん、どうしたの?」
マオはきょとんとする。
「……次はいつ会える?」
マオの耳元でそっと尋ねた。
「分からない。あたしたち、旅してるから」
「そうだよね。でも、近いうちにまたこの街に来てほしいって、お姉さんに伝えてくれる?」
「うん、分かった。頼んでみる」
「ありがとう、マオちゃん大好き」
さらにギュッと抱きしめる。
「……苦しい」
マオは軽くリーアの背中を叩く。
「あ、ごめん……」
リーアは体を離し、苦笑いした。
マオはリビングに行くと、先ほど入ってきた窓を開ける。
「あ、レッカーだ」
マオは驚いて目をぱちくりした「迎えに来てくれたの?」
〈ずっとここにいた〉
レッカーはそう答えたが、人間の二人にはただのエンジン音しか聞こえていない。
「そっかー。ありがと、レッカー」
マオが手を伸ばす。すると、レッカーはクレーンをベランダの中まで伸ばし、マオの頭上に下ろした。
「これ、使って登って」
リーアは、ベランダに置いてあった小さい脚立を組み立て、マオの横に置く。
マオは脚立を登り、クレーンに掴まりながら外に飛び降りた。
「また来るからねー!」
手を振ると、マオはレッカーの助手席に乗り込み、ウインドーを開け、また手を振る。
「またねー!」
リーアはせいいっぱい手を振った。レッカーが角を曲がって見えなくなるまでずっとそうしていた。
翌日の朝、リーアは学校へ行く支度をしていた。
「あら?」
リビングで掃除機をかけていた母親が、ベランダの中に長方形の紙が一枚落ちているのを見つけた。それを拾う。
「写真?」
そこには、クレーン車と十四歳くらいの少女、そして五歳くらいの女の子が写っていた。
「この人たち、誰かリーアは知ってる?」
母親は娘に写真を見せる。
「あっ……」
リーアは写真を目を凝らすようにして見た。
これがマオちゃんの家族か。楽しそうにしているマオの表情が可愛い。
「ありがとう……」
リーアはその写真を胸に抱いた。
「リーア、その写真は誰?」
もう一回尋ねる。
「お友達の写真!」
元気いっぱいの笑顔で、リーアはそう答えた。
五十一話をお楽しみに。




