第五十話:マオとお友達②
マオを家に招き入れたリーアは、すぐに自分の部屋へ通した。もしリビングで遊んでいたら、夕方ごろ帰ってくるママに遊んだ跡が気づかれるかもしれないからだ。もちろん、それまでに彼女には帰ってもらうが。
「あったかーい!」
ベランダで靴を脱いだマオは、第一声にそれを言った。そして、着ていたベージュのコートを脱ぐ。
「コートをかける所はそこにあ――」
リーアは自室の壁にあるコートかけを指さした。しかし、マオはその辺の床に投げ出してしまったため、仕方なくそれを拾って壁にかけてやる。
とりあえず家に入れてしまったが、何をして遊んだらいいのだろう。五~六歳でも理解できて楽しめるもの、何か持っていただろうか。
たとえマオちゃんに要望を聞いても、この部屋にあるもので叶えられるかは分からない。
あっ、とリーアは思い出した。お客さんに飲み物を出さなくては。今まで自分宛てに自宅へ来た人なんてほとんどいなかったから思い出すのが遅れたが、ネットの記事にそう書いてあったのだった。
何を飲むのかは知らないが、ジュースを出せば大丈夫なはずだ。リンゴジュースがあったはずだ。
「マオちゃん、リンゴ――」
そこまで言って、リーアはあることに気づいた。もしかしたらこの子はリンゴアレルギーかもしれない。ちゃんと聞いておかなくては。
「ねえ、何かアレルギーはないかな」
しかし、マオは首をかしげる。
「ええと、例えば何か食べたら具合悪くならない?」
「ううん、特にないよ。あっ、でもずっと前にお菓子をたくさん食べたら、晩ご飯食べられなくなった」
マオは淡々と答えた。
それを聞いて、何だただの過食か、とアレルギーはないことに胸をなでおろした。
なるほど、彼女は何でも食べるのか。じゃあ、リンゴジュースでも問題なさそうだ。
「ちょっと待っててね」
リーアはそっと自室を出た。
お盆にグラスいっぱいのジュースを入れて運ぶ。いつも夕食の時にテーブルへ食事を出すことはあるが、こうして知らない人に飲み物を出したことがないから、緊張して手が震える。
ドアを開けて自室に入ったとき、彼女はお盆を落っことしそうになった。
「え……?」
さっきまで部屋の真ん中で座っていたマオが、今は南側の窓の下にあるベッドで仰向けになって目を閉じている。毛布はかけていない。
なぜ、さっき出会ったばかりの子が、自分の寝床にいる? リーアはジュースを自分の机に置くと、ベッドに腰かけ、マオの体を揺すった。すると、
「……ベッドはいいね」
ふにゃふにゃした笑顔を浮かべて、マオは素直に感想を言った。
「あの……眠いの……?」
リーアは戸惑いを隠せない。
「うん……。ご飯食べた後、レッカーと鬼ごっこしてたの。ずっと追いかけられてたんだけど、このマンションの辺りで逃げ切って……」
もしかして、「勝ったー!」と叫んでいたのは、そういうことだったのだろうか。
そんなことを考えていると、マオはベッドの空いているところを手で軽く叩いた。
「一緒に寝よう?」
い、い、一緒に? 共に遊ぶというのは、こういうことをするのか? まあ、この子が眠いんだったら仕方ないけど。本来は何かで遊ぶはずだったが、自分も色々疲れているからいいか。
「では、お言葉に甘えて……」
自分のベッドなのに何を言ってるんだ、と内心思いながら、彼女はマオの隣に仰向けで寝た。
シングルベッドだから、二人で寝ると自然と距離が縮まり、互いの匂いが感じられる。マオからは、わずかに汗の匂いとお花のような匂いがする。
「すっごくふかふかだね」
マオがベッドをなでなでしながら言った。どうやら、彼女はリーアの匂いにはあまり関心がないようだ。
「高い値段の羽毛を使ってるから」
リーアは少し胸をドキドキさせながら言った答える。
「いいなぁ。あたしはいつもレッカーの中で寝てるんだよ。少しイスが硬くて寝にくくて……」
へえ、とリーアは相づちを打った。
レッカーの中で寝ている……? 家に名前を付けるわけないから、おそらく車のことだろう。車中泊する生活なのか……。一体どういう境遇でそうなったのか。
あっ、でもね、とマオが慌てて付け加えた。
「レッカーは、寒かったらエアコン付けてくれるし、お姉ちゃんのひざ枕は気持ちいいから、大丈夫だよ」
どうやらマオは、それなりに楽しい生活をしているようだ。それは彼女のニコニコ笑顔を見れば分かる。
「ねえ、マオちゃん。お姉ちゃんのことは好き?」
「もちろん好き!」
「うらやましいなぁ。私は一人っ子だし、親は二人とも仕事が忙しいし、誰も甘えられる人がいなくて……」
「甘えたいの? おねーさんなのに?」
「うん。女の子はね、いくら年をとっても誰かに甘えたいものなのよ」
まだ十歳のくせに何言ってるんだ、と自分で思いながら、年下の子にそんなことを打ち明ける。
ふーんとマオは生返事をした。
「じゃあ、あたしが甘えさせてあげる」
「え?」
突然マオは仰向けのままリーアとピタリとくっつき、腕を絡ませた。
子供の体温は高いと聞くが、これほどとは。かなり温かい。
ついさっき知り合った子とベッドに入って体を密着させるなんて、普通はしない。
でも、こうしていると心が安らぐ。まるで妹ができたみたいだ。
家の中は静かだから、マオの息遣いがかすかに聞こえてくる。もしかしたら、自分のそれも彼女に聞こえているかもしれない。
あっそうだ。リーアは気づいた。これほど人懐っこいのだから、マオは何か友達の作り方を知ってるかもしれない。
「マオちゃん、友達ってどうつくるの?」
リーアはマオの方に顔を向けて尋ねる。
「友達?」
マオは、きょとんとした表情を向けた。
「そう、友達。私、学校で一人も友達いなくって……。それで寂しくなって耐えきれなくなって、今日学校休んじゃった」
マオは少しの間、目をパチクリさせていたが、やがて首を横に振った。
「あたし、友達いないよ?」
はっきりした口調で、マオは言った。
3へ続きます。




