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第四十九話:チョコレートなロボット③

 ゼファルの洋館は丘の上にあり、この街のすべてを見下ろせる位置にあった。

「ようこそいらっしゃい。ロッテちゃん待っていたよ。おっと、かなり痩せこけているようだね。すぐにチョコレートを用意させよう」

 太った中年のスーツ姿の男性が、この洋館の主人であるゼファルだ。

 ゼファルは召使のロボットに、ロッテを連れて行くように命じた。ロボットは「かしこまりました」と頭を下げ、彼女を屋敷の奥へ案内した。

 彼女を見送るとゼファルは、

「お疲れ、ユキさん。ご苦労だった。途中、何かなかったかい?」

 ユキは、ロッテが男二人に襲われたことを話した。

「ほう……、この辺にもそんなことをする連中がいるのか。治安はいいほうなんだが、どうしてもロッテちゃんの噂は広まりやすいからな。注意せねば」

 そこで彼は腕時計を見た。

「もう夕食時だ。良かったらマオちゃんにご飯をごちそうしよう。ぼくと息子が一緒だが、かまわないかね?」

 マオの代わりにユキが首を縦に振った。マオは、おいしいご飯が食べられるのなら誰と一緒でも問題ないのだ。

 じゃあ、こっちへ。

 彼は二人を食堂へと案内した。


 金持ちの食事だから、さぞ豪華な料理でも出てくるのかと思っていたが、ごちそうになったのは、チャーハンとサラダだった。

「このチャーハンに入っている焼き豚は、この地方の中でも最も高級な豚を使っている。お米も、選りすぐりのものを用意した。もちろん、それなりにお金はかかったがね」

 ゼファルは、はっはっはと豪快に笑った。

 彼の隣には、十代中ごろの青年が座っていた。少年はブランド物の服を着ていておしゃれだが、ずっと下を向いていておとなしい。

「紹介しよう。この子はクリス。ぼくの一人息子だ。母親が十年前に亡くなってから、一人で育てた自慢の子どもだ」

 ゼファルはクリスの背中を軽くたたいた。クリスは父の言葉を聞いて、クスッと小さく笑った。

「わたしはユキ。ロボットです。この子はマオ。人間です」

 彼らの向かいに座るユキも自己紹介する。

「……どうも」

 クリスは、顔を上げて彼女たちをちらっと見た。そして、慌てたように再びうつむく。

「すまんな二人とも、クリスは人見知りで、しかもこんなかわいい女の子たちと関わったことがほとんどないのだ」

 父は上機嫌にそう言った。

「……やめてよ父さん。恥ずかしいじゃないか」

 顔を赤くして、息子は父を見る。

「クリスはな、君たちを建設現場で見たときに、『あの子たち誰?』とか『どこから来たの?』とか、色々ぼくに詮索していたよ。いつもは物静かであまり物事に興味を示さないのだが、君たちのことに関しては積極的だった。まあ、そんなわけだから仲良くしてあげてくれ」

 ゼファルは、クリスとユキたちを交互に見る。

 ロボットだからもちろん何も食べていないユキが、マオとクリスを見て提案した。

「それだったら、後で一緒に遊びましょ。ビリヤードやトランプがあったはずですよね、ゼファルさん」

 ユキはゼファルに視線を向けた。

「もちろん。この家にあるものだったら何でも使ってもらって構わない。ただし、お金を使った賭け事や、過激な罰ゲームはだめだぞ」

 かげきって? それまで口いっぱいに食べ物を入れていたマオが首をかしげた。

「そうね……。例えば、ゲームに負けたら服を脱ぐとか、好きな人とキスをするとか、かしら」

 ユキはあごに手を当てて答える。

「キスって、チュウのこと? だったら、お姉ちゃんとやりたい!」

 興奮しながらマオは言う。

「だから、それがダメだって言ってるでしょ」

 お姉ちゃんは苦笑した。

「はっはっは。仲の良い姉妹だなぁ。それはいいことだが、二人でキスするのは息子にとって刺激が強すぎるからやめてあげてくれよ」

 ゼファルはワインも飲んでいるため、どんどん気持ちが高ぶっている。

「……まったくもう」

 クリスはぼそっと文句を言う。だが、顔は紅潮しているし、楽しそうな表情をしていた。


 四十分ほど経ち、夕食はお開きとなった。ユキが腕時計で確認すると、午後七時過ぎだった。

 ゼファルが立ち上がり、

「二人は今夜ここに泊っていくといい。部屋は召使に案内させる。お風呂もクリスと交互に入ってくれ。もちろん、相互が了承するのなら、一緒に入ってもぼくは口出ししない」

 父さん! クリスがひじで父の脇腹をつつく。

「それでは、失礼するよ。ぼくはこれから街へ行って、取引先との懇親会に出席しなくてはいけないんだ。それじゃ、みんなで楽しく過ごしなさい」

 そうしてゼファルは、執事と数名の警備ロボットとともに食堂をあとにした。


「じゃあ、行きましょうか」

 ユキが、マオとクリスに呼びかける。

 三人で食堂を出ると、ドアの近くの壁に寄りかかるようにして、ロッテが立っていた。

「ロッテ……!」

 クリスは彼女に駆け寄ると、チョコレートの体をじろじろと見る。

「おかげさまで正常な体に戻りました。ありがとうございます」

 ペコッとロッテは元気よく彼に頭を下げた。

「いや、いいんだ。それよりさっき父さんから聞いたぞ。何者かに襲われそうになったって。大丈夫だったのか」

 彼は不安が隠し切れずに手が震えている。

「ええ。ご存知の通り、私の体はチョコでできていますので、ちょっとやそっとのダメージでは――」

 突然、クリスはロッテを抱きしめた。

 さすがにロッテも戸惑っている。

「ねー、あの二人何やってるの? チューするの?」

 マオがお姉ちゃんに尋ねた。

「静かにして。じゃましちゃダメよ」

 ユキは唇の前に人差し指を立てた。

「ロッテ! お前はいくら自分が特殊な体だからって、危機感がなさすぎる。僕と父さんにとって、大切な家族なんだ。もう少し自分の体を大事にしろ」

 クリスは今にも泣きだしそうな表情だ。

「ごめん……なさい……」

 ロッテは驚いた顔をしつつか細い声で言った。

 言葉が見つからないのか、クリスはそのまま彼女を抱きしめ続けた。

 一分ほど経ったとき、

「……ぼくはもう部屋に戻る。ロッテはお客さんを客室に案内してあげてくれ」

 何かをこらえるようにそう指示し、彼は大理石でできた階段を上がっていった。


「ユキさん。あなたにもご迷惑をおかけしました。すみません」

 ロッテは深く頭を下げる。

「いえ、それはいいのよ。送迎代としてゼファルさんから報酬をもらっていたから。それより、ロッテさんとクリスさんは、とても仲がいいのね」

 フフッとユキは笑う。

「えっ?」

 思わずロッテは聞き返した。

「クリスさんにあそこまで言わせたんだもの。相当な絆で結ばれている証拠よ」

 ユキの言葉を聞いて、ロッテはうつむいて少しの間考えていた。そして話し始めた。

「そうですね……。私はクリス様が五歳の時から一緒で、ずっと二人で遊んでいました。

 近所の公園へ遊びに行ったとき、物珍しさから私は子どもたちにいじめられていました。でもそんな時、クリス様は体を震わせながらも私と彼らとの間に立ってくれたのです。結果、クリス様はたくさん叩かれてつねられて痛い思いをしました。

 しかし、私はそのおかげで彼らに一回も触れられずに済んだのです。その時から私は思いました。いつか、クリス様を守れるようになろうと。そのために、強くなろうと。そして、私は人々を救う旅に出たのです」

「あなたはロボットよ。肉体的に強くなることは、改造されない限りないわ」

「違います。精神的に強くなって、こんな特殊な存在な私でも役に立てるんだ、ということを証明したかったのです」

 すると、ロッテは思い出したかのような顔をした。

「立ち話が長くなってしまいましたね。お疲れでしょう。客室に案内します」

 そうして、ロッテが先頭に立って歩き出した。

 三人が館内の端にある一室に着いたとき、突如窓ガラスが割れる音が遠くから聞こえた。

4へ続きます。

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