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第四十九話:チョコレートなロボット②

 作業着少女は茂みの中を一分ほど歩き、草の生えていない細い道に出た。そこは、車が一台しか通れないところだった。

 そこには、白い車体のクレーン車が一台停まっていた。クレーンは赤く、車体のあちこちは塗装がはげている。

「あのっ……!」

 チョコレート少女は全身で必死に暴れて振りほどき、地面に落ちた。「私をどうする気ですか。あなたたちも私を狙うんですか」

 すると作業着少女は、とんでもないという風に首を横に振った。

「ロッテさん。わたしはユキというの。あなたはこれから山を越えてゼファルさんの洋館に行くのよね?」

 ロッテは目を丸くして、一回うなづいた。

「確かにそうですけど……。どうしてそんなことを知っているんですか」

「実はね、わたしはゼファルさんの経営している会社で少しの間お世話になっていたんだけど、君のことを信頼できるからって、あなたを迎えに行くように頼まれたの」

「……その証拠は?」

 ロッテは、警戒する目でユキをにらむ。

「これよ」

 ユキは懐から名刺サイズの紙を取り出した。その裏には、手書きで文字が書いてある。

「これは……、ゼファルさんの直筆のサインと印鑑ですね。彼は、これを信頼できる人にしか渡さないみたいですから……」

 十秒ほどあごに手を当てて考え、ロッテは立ち上がった。

「疑ってごめんなさい。私はロッテ。よろしくお願いします」

 ロッテは右手を差し出す。

「こちらこそ。わたしはユキよ。このクレーン車はレッカー」

 二人は手を握った。ロッテの手は人間の手のように柔らかかった。でも、ユキの手にチョコレートが付着することはなかった。

 レッカーは小さい声で「よろしく」と一言だけ言った。

「追手が来るわ。早く行きましょう」

 ユキはロッテをクレーン車の助手席に乗せた。そして自分は運転席に乗ると、ギアとアクセルとクラッチを操作し、発車させた。


「ねえねえ、本当にロッテさんはチョコでできてるの?」

 山越えの道を走るレッカーの中で、ロッテは五~六歳ほどの女の子と話をしていた。

「ええ、そうですよマオちゃん。よろしければ、お一ついかがでしょう」

 ロッテは左手の中指を一本折ると、それを渡した。

「…………」

 色や香りは確かにチョコだが、触り心地や形が人間の指であるため、マオはかなり警戒していた。

「やっぱりこんな形で食べるのは嫌ですよね。分かりました。ちょっと返してください」

 それを受け取ると、ロッテは中指のチョコを砕き、こねくりだした。十秒ほどすると、球体のチョコレートに変わった。

「どうぞ。これなら抵抗もないでしょう?」

 ロッテは、ニコッと微笑んだ。

「…………」

 マオは、中指だったそれを真顔で口に入れる。

「…………」

 少しの間噛んでいると、突然、

「おいしい!」

 マオは目をキラキラさせた。

「ありがとうございます。とても高級なチョコなんです。その辺のお店には売っていない、超レアなものを使っています」

 どうやら、二人は意気投合したようだ。楽しそうに笑っている。

 だが、ユキには気になることがあった。それを問いただすべく、彼女は口を開く。

「ロッテさん。もうケガは大丈夫なの?」

「ええ、体のほかの部分のチョコで埋めたので。ただ、早く新しいチョコがほしいですね」

「ゼファルさんのところへ行くのは、それをもらいに?」

「そうです。彼は無償で私の活動に対して資金提供をしてくださっています。困っている人を助けたい。でも、どうしたらいいかわからない。そんな時、私と彼は出会ったのです」

「ちなみに、ロッテさんが貧しい人々に自分の体を提供しているのはなぜなの? その体に生まれたから?」

「元々私はごく普通のメイドロボットでした。その時の主人は科学者で、ボランティア活動にも積極的だったのです。主人が亡くなる直前、私にその活動を引き継いでほしいと言いました。そこで私は、いっそ自分の体を全身チョコレートにしてくれと頼んだのです。もちろん彼は驚きましたが、見事改造してくれました」

 そこまで話すと、ロッテは助手席のウインドーから外を見た。その方角に、元いた彼女の国があるのだ。

「彼が亡くなると、私はこの国にやってきました。私を改造したテクノロジーを守るため、一番治安のいい国に来たかったからです。でも……」

「確かにこの国のセキュリティはかなり厳しいものだわ。でも、どこにでも抜け道はあるものよ」

 ユキは吐き捨てるようにそうつぶやいた。

「なんでチョコになりたいって思ったの?」

 口の周りについたチョコをペロッとなめながら、マオが尋ねる。

「子どもが好きだからです。無邪気でかわいくて私に甘えてきて……。かつての主人には息子がいたのですが、十歳の時に交通事故で亡くなってしまったのです。私にもとても懐いてくださって、お互いに愛し合っていました。そのせいか、旅先で子どもを見ると、息子さんのことを思い出してしまって……」

 ロッテは目から静かにチョコレートの涙を流した。

〈見えてきたぞ〉

 レッカーが三人に言った。

 山を越え、眼下にとても大きな街が見えてきた。

3へ続きます。

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