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第四十九話:チョコレートなロボット①

 季節は春と夏の間、曇り空の広がる貧民街の道を、一人のロボットが歩いていた。背丈は十歳くらいの子どもで、茶色のコートを羽織っていてそれとつながるフードを頭にかぶっており、表情はうかがえない。

 車が一台通れそうな道に沿って、バラックと呼ばれる簡易式の住宅がどこまでも建っている。家同士の隙間はほとんどなく、玄関の前に物干し台や自転車が置いてある。

 エサを探す犬や猫の姿は見かけるが、人の姿はない。まるで住人全員が死に絶えてしまったかのような静けさだ。

 貧民街の中心部までやってくると、そこにはとても大きな空き地があった。どうにもそこには大型マンションを建てる計画があったらしいのだが、それを発注する会社が倒産してしまい、だだっ広い敷地が残ってしまった。

 その空き地に、女や子供が三十人ほど集まっていた。それぞれ楽しそうに歓談しているものの、皆あまりきれいではない薄い生地の服を着ていて、顔もやつれている。

 そのロボットが姿を見せると、集団から一斉に歓声が上がり、待ってましたとばかりに近寄ってきた。

「今週も来てくれたのね!」

「ぼく、腹ペコだよ」

「甘くておいしいんだよね」

 早くも、あるものをねだる人たちが待ちきれないという風に言った。

 ロボットはコートを脱いだ。顔は十歳くらいの女の子のもので、長い髪が背中まで伸びている。

 ただ、そのロボットはチョコレートでできていた。体の一部ではなく、全てである。頭の先から足の先まで全部。服はさすがに食べられないが、同じチョコレート色だ。

「一列に並んでください。順番にお渡しします」

 ロボットのその言葉に、人々は従った。並び終わったところで、

「どうぞ」

 チョコレートの少女は、自分の右手の小指を折ると、それを五歳くらいの男の子に渡した。

「ありがと!」

 折られた小指にギョッとした顔をすることなく、慣れたように男の子は受け取り、口に入れた。

「甘ーい!」

 男の子は自分のぽっぺたに手を当て、筋肉が緩んだ笑顔になった。

 次の同い年くらいの女の子には、長くて細い髪の毛を少しちぎってあげた。

「ふわっふわしてる。口の中で綿みたいに溶けちゃった」

 女の子も満足そうな表情をしている。

 それからチョコレートの少女は自分の体を少しずつ分け、人々に配った。やがて、少女は少しやせ細った。これ以上配ると、駆動に影響が出てしまう。

 少女が空き地を去ると、人々は「また来てねー!」と笑顔でいつまでも手を振った。


 少女は、失ったチョコレートを補充するためにどこかのチョコレート店に行かなくてはならない。そしてそれは、貧民街を通り過ぎたところにある山脈を超えていかないとたどりつけない。だから、彼女は歩いていた。

 彼女は不思議な力を持つ。さっき人々に足の部分を削って食べさせてしまったから、長距離を歩くのには少し辛くなった。そのため、腕に残っているチョコを足に移すことにした。

 その辺の草原へ仰向けに寝転ぶと、少女は目をつぶる。すると、左腕の部分のチョコがゼリー状に柔らかくなり、切り離されて勝手に体の上を滑るように移動していく。肩、胸、お腹、そして太ももまでたどり着くと、そのチョコはそこへ溶け込んだ。太ももがわずかに太くなり、歩くのに適した体になる。その代り、左腕にはほとんど力が入らなくなった。

 試しに、立ち上がって草が生えていない道に落ちている手のひらサイズの石を拾おうと手を伸ばす。だが、握力が足らなさ過ぎて持ち上がらない。少女はため息をつき、再び歩き出す。


 貧民街が見えなくなったころ、少女は深い森の中にできた道を歩いていた。しとしとと雨が降り出し、視界が少し悪くなる。

 これくらいの雨だったら、コートやフードで十分防げる。雨に打たれるとチョコは柔らかくなって体から落ちてしまうのだ。

 三十分ほどたって、本降りになってきた。さすがに、どこかで雨宿りしよう。そう思ったとき、

「ちょっといいかい?」

 黒い作業着を着た男が二人、茂みから飛び出してきた。

「なんですか」

 十歳の女の子っぽい高めの声で、警戒しながら尋ねる。

「ちょっとボスのところまで来てもらおう。君の体がどんな風に作られているのかを分析して、それを応用して兵器を作るのさ」

 中年の痩せた方の男が、くっくっくっと不敵な笑みをする。

「お断りします」

 少女は、懐に手を入れた。そこには銃が入っている。

「なら仕方ない。力づくで連れ去るしかない。おい、やれ」

 痩せた男は、もう一人の若くて筋肉質の男に命令した。

 筋肉男は無言で、少女に迫る。

 その時、少女は懐から銃を取り出し、引き金を引いた。

「熱っ!」

 弾を顔面に喰らった筋肉男は、その場に崩れ落ちた。

 その弾は、沸騰されたチョコレートで、カカオの成分がかなり高く、皮膚から吸収されると体に毒となる。

「なっ、こんな武器を持っているのかよ……!」

 痩せ男には予想外の事態だったようで、慌てて彼も銃を取り出す。

 少女は再び引き金を引いた。

「ぎゃっ!」

 熱いチョコは痩せ男の首にあたり、硬貨ほどの大きさの丸いやけどの跡をつくる。彼は腰を抜かして倒れた。

 地面に寝転ぶ男二人をチラッと見ると、少女は先を急ごうと走り出す。すると、

「…………!」

 突然銃声がし、彼女の右太ももを何かがものすごいスピードで貫いた。

 それは、筋肉男が撃った弾丸だった。彼の持つ銃の発射口からわずかに煙が出ている。

 少女はその場に倒れこんだ。今の射撃で、右足の駆動系統が壊されてしまった。太ももの内部から、液体状のチョコがちょっとずつ流れ出している。

「てこずらせるなよ……。だが、お嬢ちゃんは今ので動けなくなったらしい。さあ、俺たちの車に乗ってもらおうか」

 筋肉男は少女を担ぎ、軽トラの荷台へ乱暴に載せた。

「兄貴、大丈夫ですか?」

 未だ地面でもだえている痩せ男に肩を貸し、助手席に乗せようと立たせる。

 あと少しで助手席のドアを開けようとした時、

「ぐおっ……!」

 筋肉男の左肩をレーザーが貫いた。あまりの痛さに彼はそこに倒れ、痩せ男も折り重なる。

 ガサガサと茂みから歩いて現れたのは、十四歳くらいの少女だった。紺色の作業着を着ていて、髪は短く切りそろえられている。右手にはレーザー銃を持っていた。

 作業着少女は、しばらく男たちが動けそうにないことを確認し、軽トラに向かう。

「大丈夫ですか」

 チョコレート少女を両腕で抱えて荷台から降ろすと、作業着少女は元来た茂みの奥へと姿を消した。


「うう……」

 痩せた男は痛みにもだえながらも、懐から携帯電話を取り出し、通話ボタンを押した。


2へ続きます。

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