第四十八話:人を喰う家
それはとある冬のことでした。
冬といっても、ここは温暖な地域なので、雪が降ることはありません。ただ、今は冷たい雨が視界をほとんどさえぎるように降っています。
この辺りは人の手がまったく加わっていないところで、適当な間隔で針葉樹が立ち並んでいました。それが普段太陽光を独占しているので、地面には生命力の強い雑草が生えているだけです。
生き物の姿はありません。みな、どこかに身を隠しているのでしょう。このシャワーをずっと浴びていたら、毛皮を被った動物でさえも風邪をひいてしまいます。
地面には、土がまる見えな場所があります。それは細長くこの森を貫いていて、一本の道を形成していました。
そんな道を、一台の荷台付きクレーン車がノロノロと走っています。車体はホワイト、荷台のほうに垂れているクレーンはレッドです。でも、あちこち塗装がはげていて下地が見えてしまっています。
運転席には十四歳ほどの少女、助手席には五~六歳ほどの女の子が座っていました。少女は周辺を警戒するように見回していて、女の子のほうはヒマそうにあくびをしています。
彼女たちは、荷台に積まれている鉄くずを売るために森を抜けようとしているところでした。結構な量なのでクレーン車にとってまさに重荷になっていて、早くそれを下ろしたいためにこんなまともに整備されていない道を走っているのです。
「寒い」
幼い女の子はそう言って、体を震わせました。
「マオ、これ着てなさい」
少女は、子ども用のコートを手渡します。
「うん」
か細い声で答えると、ゆっくりとそれを着ました。
〈暖房を強めるか〉
クレーン車は暖房の設定を変えます。
「ありがとう、レッカー」
少女はクレーン車にお礼を言いました。
〈本当は体の芯から温められればいいんだがな〉
残念そうにレッカーはつぶやきます。
「雨が降っていなければ火を起こせるのに……」
ウインドーから外を見て、少女はため息をつきました。
「たくさんお菓子を食べたら温まるかも」
マオは少女を見上げてニヤッと口の端を曲げます。
「ダメよ、もうすぐ夜ご飯の時間だから」
少女にダメ出しされて、マオは悔しそうにそっぽを向きました。
それから十分ほど走っていた時、突然レッカーが言いました。
「ユキ、木と木の間から小屋のようなものが見えるぞ」
その言葉に、ユキは前方を目を凝らして観察します。確かに、人工的に組み立てられた丸太がチラッと見えます。
「近づいてみましょう。もしかしたら誰か住んでるかも。だったら、キッチンもあるはず」
ユキは瞬時に、台所を借りてマオのために何か温かい食べ物を作ってあげようと思い至りました。
レッカーは少しスピードを上げて、その建物に向かっていきました。
見た目が山小屋そのものな建物に入ってみると、中は家具が一通りそろっていて、いつでもここで住めそうです。ただ、テレビやラジオはありません。もしかしたら、電波が届かないのかもしれません。電気はあるようで、今は家じゅうの明かりが付けっぱなしでした。
ユキの思惑通り、ここにはキッチンがあります。ちゃんとガスもつきますし、さらに電子レンジも置かれていました。
家の主人は帰ってきていませんが、勝手にここを借りてしまいましょう。ユキは調理を開始するため、食材をレッカーから持ってきました。
じゃがいもやにんじんを水道で洗っていると、突然リビングの奥のドアが開き、人型のロボットが現れました。作業用ロボットとよく似ていますが、それゆえにエプロンをしているのが違和感があります。
「お客様、いらっしゃいませ。雨でお困りでしょう。私はこの家を管理しているホストコンピューターのロボット型端末です。お客様の要望にはすべてお応えするようプログラムされています。なんなりとお申し付けください」
ロボットは、ペコッと頭を下げました。
ユキは少し戸惑いましたが、すぐに質問してみます。
「ええっと、この家はコンピューターで管理されているの……? どのくらい?」
「すべてでございます。お客様はただ、ここでのんびり過ごされれば良いのです」
「それじゃ、温かい料理も作れる?」
「もちろんです。お客様が用意された食材を総合的に考えると……カレーがよろしいでしょうか。ライスはないようですが、こちらでご用意しますか?」
「ええ、頼むわ」
「かしこまりました」
それからユキとマオはロボットの手厚いサービスを受けました。カレーを煮込んでいる間にロボットがジュースをふるまったり、マオのためにひざかけを用意してくれたりしました。
もちろん、完成したカレーは、
「おいしい!」
マオがすべて満足そうに食べました。二人分あったのですが、ユキはもちろん食べないので、マオがそれも平らげたのです。
お風呂にも入って寝る時間になったころ、ロボットが寝室のドアをノックしました。ユキが出ると、
「そろそろお支払いのほうをお願いいたします」
「おいくらですか?」
ユキはそう聞いたのですが、
「いえ、いただきたいのはお金ではありません。そちらのお嬢様です」
ロボットはベッドの上で絵本を広げているマオを指さしました。
「え?」
思わずユキは聞き返します。
「この家は、宿泊施設ではありません。戦前に開発された兵器です。人の肉や骨を喰らって、それをエネルギーや家の増改築する際の素材に変えているのです」
さあ、とロボットが一歩部屋へ入ってきたので、ユキはマオを抱えて逃げ出しました。
追いかけてきながらロボットは言います。
「ユキ様は、ホストコンピューターの糧になっていただきます。様々な人工知能をかけあわせることで、いろいろな思考をすることができます。よろしければ、この家をどんなふうに改築すれば良いか教えていただけませんか。この家の持っている技術を使えば、家じゅうの素材を一瞬でなんにでも変えられます」
「お断りするわ!」
ユキは走りますが、ロボットの運動性能はとてもよく、リビングですぐに捕まってしまいました。
「ねえねえ」マオはロボットに話しかけます。「なんにでも変わるの?」
「もちろんです。あなたを喰らう前に、一応聞いておきましょう。人間の思考は奇想天外ですからね。何かいい考えはありませんか」
うーん、とうなっていたが、突然ぱあっと表情を明るくしました。
「ええっとね、お菓子の家がいいな。さっき、絵本で読んだの」
数秒ほど、ロボットやユキの思考が止まりました。
「なんと、おっしゃいましたか」
「お・か・し! 家のものぜんぶね」
マオはニヤニヤと笑い、少しよだれを垂らしました。
「そうね。ついでに、コンピューターもすべてお菓子に変わってちょうだい」
ふふっとユキは笑います。
「し、しかし、それでは、私は……」
「あら、お客様の言うことが聞けないの? ねえ、マオ?」
「そうそう。ちゃんと聞いてよね」
そのあとロボットは一分間ほど言葉にならないようなうめき声を発し、全身ミルクチョコレートに変わりました。そして、家も外壁はビスケット、屋根はビターチョコに変化しました。もちろん、地下に隠されていたホストコンピューターも例外ではなく、それは大きなキャンディーになったのです。
やがて、その家は、豪雨によって少しずつ溶けていきました。
「マオの食いしん坊がここで役に立つなんて……」
ユキはすっかり感心していました。
〈ああ、同感だよ〉
当のマオは、すっかり温かくなった車内で眠っていました。
「これも才能かしら」
次、その能力がどこで生かされるのか考えながら、ユキはアクセルをふかしました。
次話をお楽しみに




