第四十六話:スナイパーは見られた②
何も起きぬまま、夕方になってしまいました。みぞおちを突いて気絶させた上司も、とっくに目が覚めています。ちなみに、彼は反省したのか、それからはずっと大人しくしていました。
もしかして、自分たちがここにいるとばれたのか。一瞬そう思いましたが、たかが素人のターゲットにそんな芸当は不可能でしょう。
ならば、いったいどうしたのだろう。そう不安がよぎって仕方がありません。最悪な状況を考えて行動するのがプロですから、いろんな想像をしなくてはいけないのです。
ところで、湖にいるAさんとBちゃんは、焚き火を起こして食事の準備をしていました。グツグツとお湯を沸かしていて、少し離れたところでAさんがまな板で野菜をカットしています。あぐらをかいて座った足の上にまな板を置いています。今日はここに泊まるのかもしれません。
もし彼女たちがターゲットと遭遇したら厄介です。女性は一応プロですから、無関係な人間は殺せません。そんなことをしたら、同業者から冷たい目で見られるでしょう。
やがて、食事ができてBちゃんの前に並べられました。そして、妹だけが食べ始めます。おや、Aさんはどうやらロボットのようです。
女性はボスを冷めた目で見ました。この男は、人工的につくられた裸体に興奮していたのです。何と情けない。上司でなかったら、つばでもかけています。
「……どうした?」
ボスが尋ねます。
「……何も」
女性はライフルのスコープに目を戻しました。すると、
「…………!」
いつの間にか白い車体のクレーン車が停まっていて、運転席のすぐ近くに第三の人影がありました。白いポロシャツに灰色のジーパンを穿いています。そして顔は、
「…………!」
間違いありません。ターゲットです。しかし、どうしてクレーン車から……。彼のものではなさそうです。なぜなら、少女二人がクレーン車へ親しげに話しかけているからです。そして、ターゲットとも話し始めました。
銃で狙ってみますが、少女二人との距離が近くて危険です。とんだアクシデントです。男にとって、隠れられる所が多くなってしまいました。
「どうする、お前?」
ボスが女性の横でつぶやきます。
確かにこの男はクズ野郎ですが、仕事はできる人です。だから、今は分からないから聞いたのではなく、あえて試すために言ったのです。
「……がんばる」
女性は言葉足らずで上手に伝わっていませんが、チャンスがあるまで耐える、という意味です。
そして、引き続き監視をしようと身構えた時、
「…………!」
突然、クレーン車から鋭い視線を感じました。どこに目があるのかは分からないですが、殺気のようなものが放たれた気がしたのです。
「今、感じたか?」
ボスが、緊張した表情で尋ねました。
「……はい」
女性は身震いしました。気のせいではないようです。
「撤収しよう」
ボスは、ハッキリした口調で言いました。
少しの間上司の顔を見ていた女性でしたが、
「分かりました」
と答え、そそくさと片づけを始めました。これは戦略的撤退です。仕方ありません。
その頃、AさんとBちゃんはスナイパー達のいる方を指さして慌て始めました。クレーン車から話を聞いたようです。
それにしても、到着してすぐに自分たちの場所を見抜くあのクレーン車、一体何者でしょうか。きっとタダモノではありません。
あのクレーン車は間違いなく邪魔者となるでしょう。阻害要因は始末しなければなりません。
今回はスナイパー達の負けです。でも、日を改めて暗殺は成し遂げるつもりです。
女性はチラッと湖の方を見やり、しっかり白い車体を目に焼き付け、その場をあとにしました。
ところで、スナイパー達とAさんたちとは仕事とは全く関係ない所で会うことになるのですが、それはまた別の話です。
四十七話をお楽しみに。次回の更新は少し遅くなりそうです




