第四十二話:おもちゃの村②
倒産、か。
村長は、落胆した声でそう言った。
「ええ。ここへ装置を届けていたことで業績が悪くなった、というわけではないということをしっかり伝えてくれ、とも言われています」
ユキは淡々と説明する。
「そうか。お勤めご苦労だった。うむ、仕方ない。栄える者はいつか衰退する。それが世の常だからな」
彼は広場の方を向いた。そこでは、マオをたくさんのおもちゃが囲んで、遊ぼう遊ぼうとせがんでいた。
「『残念ながら、装置を無償で提供してくれる他の会社が見つからない。申し訳ないが、自分たちでどうにか調達してくれ』というのが、最後の伝言です」
「分かった。いつまでも甘えているわけにもいかない。村長として、この村を作った責任を取ろう」
そう言うと、村長は重い足取りでおもちゃたちの下へ行った。
村長が近づいていくと、おもちゃたちはまるで親の顔を見て駆けてくる小さい子どものように集まってきた。
「みんな、客人と遊ぶのもいいが、そろそろ充電しないと動けなくなるぞ」
優しい声でみんなを促した。
はーい、と元気な声で返事したおもちゃたちは、たった今荷台から降ろされたばかりの充電装置の前に順番に並び始める。一番前のおもちゃが、ジャンプして装置の電源を入れた。
「お利口な子がいるのですね」
ユキは装置とケーブルで結ばれたおもちゃを見ながら言った。
「そうだ。彼らの人工知能は、人間の七~八歳くらいの知能があるのだが、それでも経験の違いで個体差は出てくる。今、電源を入れた者は十二歳ほどの知能があるようだ」
「それだけ頭がいいと、人との遊びの幅が広がって、持ち主になった人は楽しいでしょうね」
「いや、そうでもないのだ。頭が良すぎると、だんだん自分の存在意義のことを考えるようになる。人間が成長しておもちゃで遊ばなくなると、それが辛くなって家出してしまう。彼がまさしくそうだ」
村長は、電源を入れたロボットのおもちゃを指さした。すでに充電は終わって、またマオの所に戻っている。
その話を聞いて、ユキはマオのことを考えてみる。
マオもいずれ成長して、色んなことを頭の中で考えるようになる。ある時、父も母もいない、姉とレッカーとだけの生活に、世間との違いを感じるだろう。そうなった時、彼女はどうするだろうか。自暴自棄にならないだろうか。恐ろしくて、その先は想像したくない。
すると、空から水が落ちてきた。
「雨か。あの子らを家に入れなくては。わしは忙しいから、これで」
村長は背中を向けて手を振った。
ユキは、マオを呼んでレッカーの中に入った。
村長のご厚意で、先ほど運んできたバッテリーから、レッカーに充電する事ができた。
そして出発する。
〈何を考えてた?〉
遊び疲れたマオが寝たころを見計らって、レッカーが質問した。
「マオのこと。いずれ、わたしたちとの関係に疑問を持つんじゃないかって」
ユキは空を見上げる。どこまで続くか分からない灰色の空を見ていると、不安な気持ちが湧きあがってくる。
〈今は、俺たちだけがマオの家族だ。それのどこが悪い?〉
「そうだけど……」
〈なんだ、いつも楽観的なユキが珍しいな〉
「いつかは直面する問題よ。今のうちから考えておかないと」
〈じゃあ、マオは一度でも言っていたか? 旅が嫌だって〉
「言ってないわ」
〈ならいいだろ。今を楽しく生きられれば、それでいいんだよ〉
「…………」
そうかも……しれない。十年後、今と同じ悩みを持つかもしれないが、その時はその時に考えればいい。
お金がなくても楽しく生きられる。自分のこのポジティブさがどこかへ行ってしまう所だった。
ユキは振り返っておもちゃの村を見る。彼らが今後どうするか分からないが、きっと前向きにどうにかするだろう。
彼女は前を向いて、遠い空に雲の切れ目があるのを見つけた。
あそこを目指そう。ユキはアクセルを強くふかした。
数年後――
かつておもちゃの村だった所に、一台の大型バスが停まった。そこから、幼稚園児がたくさん降りてくる。
そこの表札には、『国立おもちゃ養護施設』と書かれていた。
「みんなー、たくさんのおもちゃが待ってるよ! ここからお気に入りの一人を見つけてね!」
先生が園児に呼びかける。これは幼稚園と施設との企画で、持ち主を失ったおもちゃの新たな受け入れ先を見つけるというものだった。
園児たちが広場に散っていく。それぞれの子に、あっという間にたくさんのおもちゃが集まってきた。園児たちの足元を嬉しそうにはしゃいでいる。
女性の先生は、事務所の中で施設長と面会した。
「施設長、いい企画になるといいですね」
「ええ、まったくです。おもちゃはやはり、子どもに遊んでもらう方が一番楽しいようだ」
「ところで、広場の一番奥にある巨大なロボットは何ですか」
「あれは、数年前までの村長です。ある時、おもちゃを充電するための装置が村に届かなくなりました。その時、村長は自分のエネルギーをおもちゃたちに分け与えたのです。今は動けなくなってあそこで眠っています」
「そうですか。それは悲しい話ですね」
「まあ、心配いりません。村長はこうして動いていますから」
「え、どういうことですか」
「かつて村長だったロボットの人工知能を取り出して、この体に移植したのです。つまり、村長は昔からずっと変わっていません」
「そうなんですか! 人間にしか見えませんでした」
「ハハハ。さすがに、身長五メートルの戦闘ロボットじゃ、施設長としての業務に支障が出ますからね」
施設長と先生は、窓から外を見た。
かつての村長の体は仰向けに寝かされていて、そこにハシゴがかけられ、子どもたちがよじ登って遊んでいた。
施設長は楽しそうに笑みを浮かべた。
次話をお楽しみに。




