第四十二話:おもちゃの村①
〈参ったな〉
レッカーがつぶやく。
「ええ、参ったわね……」
ユキはため息をついた。
ここは深い森の中。周囲五十キロメートル以内に、町どころか人家さえない場所。ここでレッカーはガス欠を起こしてしまったのだ。
レッカーの燃料は電気である。普段は、燃料スタンドにある充電装置で充電する。だが、こんなところにそんなものがあるわけがない。
〈車なんて助けるんじゃなかったな〉
「まったくね」
数時間前、同じく深い森の中で今のレッカーと同じようにガス欠を起こしている車を見つけた。ちょっとした親切心で電気を分けてあげたのだが、その後森の中の登り道を進むのに電力が足りなくなってしまったのだ。
〈他の車が通るのを待つしかない〉
「そうね」
ユキは運転席で腕を組み、目を閉じた。こうして気長に他の車が来るのを待つのが一番だ。
「最悪の場合……」
彼女は荷台を指さす。「あれに手をつけるしかないわ」
荷台に積まれているのは、大型の充電装置だ。森の中にある村に届ける予定で、もちろん百パーセント充電されている。
〈ダメだ。これは商品なんだろ? 運送のプロとして、これは必ず万全の状態で届けるんだ〉
レッカーはちょっと強い語気で言った。
「そうだけど……」
この先誰も通りかかってくれなかったら、マオに食べさせる食料はいずれ底をつく。そうなると……。今こうしてお昼寝してくれているのは助かる。余計なエネルギーを消費しなくて済む。
それから一時間後、まったく人通りのないまま時間だけが過ぎた。
ガサッ。
木々が揺れ、巨大な何かの影が動いた。
〈何かいるぞ〉
目をつぶっているユキに、レッカーが言う。
「あれは……」
目の前に現れたのは、高さが五メートルくらいある人型のロボットだ。はるか昔の特撮ロボット番組に出てきそうな頑強なつくりをしている。
「どうしたんだ。そこに停まって何をしている?」
ロボットは優しい声で言った。
「ええと、ガス欠を起こしてしまいまして……。もしかして、村長さんですか」
ユキはそのロボットを指さす。
「ああ、いかにも。わしが村長だ」
ユキが業者の話に聞いていた、目的地の村の代表が自ら迎えに来てくれた。
村長は、レッカーを後ろから押して村まで連れていってくれた。
「すごいすごい!」
すっかり目の覚めたマオは、背後にいるロボットを見てはしゃいでいる。
「ほう、これが運んできてくれた充電装置か。もうすぐなくなりそうだったから、助かるよ」
レッカーを押しながら、村長は軽く頭を下げた。
「おもちゃしかいない村っていうのは本当ですか」
ユキは尋ねる。
「そうだ。わしが最終処分場で拾った、人工知能を搭載したおもちゃを、村に連れてきて住まわせているのだ」
村長は誇らしげに言った。
〈どうしてそんなことを?〉
今度はレッカーが訊く。
「わしは、かつて戦争で人や建物、そして自然を壊して周った。戦争が終わった後、その罪悪感に駆られ、ここでひっそりと、捨てられた仲間と共に暮らしているよ。罪滅ぼしになればいいが」
そんな話をしていると、開けた場所に着いた。
木造の平屋が、広い広い草原にいくつも建てられている。その周りには、人間の子どもが持っていそうなぬいぐるみやおもちゃのロボットが自分で動いている。それらには意思がちゃんとあるようで、かけっこをしたりなわとびをしたりして遊んでいた。
「うわぁ!」
マオは、目の前に遊園地が現れたように笑顔になり、助手席のドアを勢いよく開けて外へ飛びだした。そして彼らの下へ走っていく。
「まったく、あの子は……」
ユキはゆっくりと外へ降り、苦笑いを浮かべる。
少人数のグループで固まって遊んでいたぬいぐるみとロボットたちは、マオの出現に一斉にそちらを見た。
マオはなわとびを飛ぶ順番を待っていたクマのぬいぐるみを持ち上げ、胸に抱えた。
「もふもふ! 気持ちいい!」
彼女はほっぺたでぬいぐるみの顔にスリスリする。
すると、おもちゃたちから歓声があがった。
「人間だ!」
「しかも子どもじゃん!」
「久しぶりに見た! 泣きそうだよ」
「なーに言ってんだ、お前は泣けないくせに」
「だけどさー」
「あたしも抱っこされたいー!」
「ぼ、ぼくも……」
色んなおもちゃたちがマオの所に集まってきた。まるで母親に群がる子どものようだ。
マオとおもちゃが戯れている様子を、ユキとレッカーと村長は少し離れている所で見ていた。
「子どもにとっては、きっと夢みたいな場所でしょうね、ここは」
ユキは村長を見上げる。
「だろうな。でもここは、ご主人に捨てられて心が傷ついたおもちゃたちの癒しの場だからな。テーマパークにするつもりはないよ」
〈うん、その方がいい〉
レッカーは村長に同意する。
マオは草原に寝転んだ。仰向けになった所に、たくさんのおもちゃたちが彼女のお腹の上によじ登る。そこでジャンプする者もいるし、同じように仰向けで寝る者もいる。
少しの間それを見ていたユキだが、仕事のことを思い出し、レッカーに言った。
「レッカー、積荷を下ろしてちょうだい」
〈了解〉
レッカーがクレーンで器用に運んでいる間に、ユキは村長に言った。
「この充電装置を無償提供している会社の社長から、伝言があります」
「なんだね?」
村長は機嫌よさそうに返事した。
「『私たちの会社は間もなく倒産する。ここへ装置を届けるのは、これで最後になる』とのことです」
2へ続きます。




