第四十一話:売られた町
夜の闇は、その大きな街を一層際立たせる。
天に向かってそびえ立つビルの中では、外が暗くなっても仕事に勤しむ人々がいる。その一つ一つの光が集まるビルは、まるで宝石がたくさん並べられたショーケースのようだ。
その光を背にして、ユキとマオは街外れにある川岸に立っていた。川には、大型車が余裕で通れるほどの大きな橋がかかっている。
「キレイだねぇ」
マオは、うっとりするようにその橋を眺める。
「そうね」
あまり関心がなさそうにユキは返事した。
橋は様々な車が通るため、ライトアップされて昼間のように明るい。だから、橋をこっそり渡ろうなどという輩など、すぐに見つかる。そこをねぐらとする小動物は、天敵に見つからないように橋の陰を歩いている。
〈俺にはよく分からん。ライトで光っているだけだろ?〉
二人のすぐ近くに停まっているレッカーが、独り言のようにつぶやいた。
「マオには、それがキレイに見えるらしいわ。ね、マオ」
ユキの問いかけに、マオは「うん」と生返事して、ずっと橋を見続けた。
「マオには、あの橋の光が何に見えるの?」
お姉ちゃんは優しく尋ねる。
「……宝石!」
まっすぐ橋を指さして、マオは言った。
〈ほう……〉
レッカーは感心したようにマオを見る。
「宝石……」
ユキは、橋に向かって手を伸ばす。そう言われると、まるでダイヤモンドでデコレーションされているようで、煌めかしく目に映る。
「夜景って、いいものね……」
自分が大金持ちになっている想像をしながら、ユキは物思いにふけった。
橋を渡った所にあるのは、廃れた町である。土壁の平屋が数え切れないほど建っている。
「マオ、向こうに見える町は別の国なのよ」
ユキは川の反対側を指さした。
「別の国って?」
マオは首をかしげる。
「この橋を渡ると、言葉が通じなくって、生活の仕方も少し違う人たちが住んでいるの」
「へえ、どんな風に違うの?」
「それは分からない。行ったことないし、データベースにもないもの」
ふうん、とマオは対岸を見つめる。向こう側に人の姿は全くない。厳重な検問を受けた車両がたまに通るだけだ。
〈ユキ〉
レッカーが尋ねる。〈お前、本当は隣の国がどんな所か知っているんだろう?〉
「どうしてそう思うの?」
〈言葉が通じないのに、生活の仕方が違うのを知っているからだ〉
「……そうよ。マオには伏せておきたいから」
〈分かった。後で聞く〉
ユキの話を聞く限り、あまり良い国ではないようだ。貧乏なのか、差別がひどいのか。
すると、マオが何かに気づいた。
対岸に、親指の第一関節ほどの大きさで人が見える。
ユキが懐から出した双眼鏡で見ると、メイド服を着た若い女性と、煌びやかなドレスを着た十二歳くらいの女の子の二人だった。
その二人はこちらに気づいたのか、目を凝らしてユキたちを見てくる。そして、女の子の方が手を振った。
「マオ、向こうの人が手を振ってるわ」
「本当? おーい!」
マオは手を振り返した。
少しの間そうしていたが、疲れたのか、お互い手を下ろした。
「向こうの人と友達になれるかな」
マオがライトで照らされてキラキラ光る目を姉に向ける。
「ええ、たぶんね」
ユキは見知らぬ女の子たちに背を向けると、レッカーの中に戻っていった。
それを追って、マオの助手席に乗り込んだ。
そして、レッカーはその川岸を出発した。
「あーあ、いなくなっちゃった」
対岸にいるクレーン車を見送りながら、ドレス姿の女の子がため息をつく。
「残念でしたね、お嬢様」
メイド服のアンドロイドが言った。
「本当! あの作業服着た子、ボーイッシュであたしの近くに置いておきたいな」
「……売らないのでございますか?」
「気に入ったのはあたしがもらうの」
「そうですか。異存はございません」
「あー、あの生意気そうなガキンチョなら売り飛ばしてもいいわ」
「……向こうに渡れて捕まえられたら、の話しですが」
「無理無理。あたしたちが検問通れるわけないし、こっそり行こうとしても自動警備ロボットに撃たれて終わる」
そうして二人は、煌びやかな大都会に背を向け、真っ暗な町の中に消えた。
四十二話をお楽しみに。




