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第四十話:遺されたもの⑤

「ひゃおーん!」

 声の裏返った狼の遠吠えのように叫ぶと、リフはユキが背負っているリュックサックに後ろから抱きついた。

「あの、ちょっと……」

 すごく、動きづらいです。そう言いたかったが、そんなことを口にする余裕はなかった。もう既に、足元はヘビが床の見えないくらいにうごめいている。

「マオ!」

 ユキはヘビをかき分けながら、足でそれを追い払おうとしているマオに近づき、左腕で抱きあげた。

「わたしの首に掴まってなさい!」

 お姉ちゃんの言葉に従って、マオはユキの首に腕をからませる。

 銃を構えながら、ユキはライトで照らされたヘビたちを観察した。確認できる限りでは、七割が毒を持たない種類だ。そいつらは放っておいてもいい。

 だが、三割は毒ヘビだ。彼らに二人が噛まれないようにしなければならない。

 マオだけなら何とかかばいきれるが、二人は少し厳しい。人間の大人だったらその場に置いていくが、さすがに子どもは見捨てられない。

「リフさん。わたしによじ登ってください。足を毒ヘビに噛まれてはいけません」

 背後にいる彼女に声をかけるが、返事はない。でも、足をユキの腰に回したことから、聞こえていたことは分かった。

 ヘビは、目が見えなくても動物の吐く二酸化炭素や体温を感じて行動できる。今、ここでそれらの条件を満たすのは、マオとリフだ。彼女たちに群がるのは当然である。

 ユキは、ジャンプして飛びかかってくるヘビを、足で蹴ってレーザー銃で仕留めていた。

 ユキが足でかき分けると、さすがにヘビも避けていく。体温も二酸化炭素も出さないユキは、ヘビにとって動く無機物だ。胸と背中に大きな赤ん坊を抱えた彼女は、重い足取りでさらに奥へと進む。


 だいぶ進んでも、ヘビはマオとリフについてくる。そろそろ何とかしないと二人が危ない。

「あ、あの……」

 彼の羽音のように弱々しい声でリフは言った。「レーザーでヘビを焼き殺したらどうかな……」

 ヘビは熱に敏感で、たまに共食いもする。もしかしたら、惹きつけられるかもしれない。

 二人を抱えたまま、ユキは立ち止まって振り返る。二人の重さをより一層感じる。だが、まだ腕力には余裕がある。

 ヘビは標的が止まったのを感じて、彼女たちの周りを囲んでピタッと硬直する。頭を上げて舌を出し、様子をうかがう。

 ユキはレーザー銃を握りしめ、照準を合わせる。食す以外の殺生は気が進まないが、二人の命には代えられない。

 レーザーが放たれた。まっすぐ飛んで行き、少し離れた場所にいたヘビたちの体を体を焼く。ヘビたちはその場で激しくのたうち回ったが、数秒の間レーザーを浴びると、すっかり焼け焦げて動かなくなった。

 すると、今までユキたちを追いかけていたヘビたちが、焼け焦げた仲間の方へ向かった。三人の周りから、彼らが離れていく。

 ヘビが、焼けた同胞の方へ集まっていくのを確認し、ユキは再び奥へ進んだ。


 通路の突き当たりに、金属製のドアがあった。ドアの上の方に、造花が飾りつけられている。

「何の部屋かしら……」

 二人を下ろして、ユキは周辺を見渡す。ヘビの姿はなく、うまく逃げきれたようだ。

「宝かも!」

 マオはさっきの騒動を忘れたかのようにはしゃいでいる。

「…………」

 リフは股を押さえてうずくまっていた。ライトで照らされたその顔は少し赤い。

「どうしましたか」

 ユキはリフに近寄って体を調べる。もしかしたら、知らぬ間にヘビに噛まれたのかもしれない。ズボンをめくってみるが、特に歯型は見当たらない。

「どこか痛いですか?」

 そう尋ねるが、股を隠す力を一層強めるだけで何も言わない。

「失礼します」

 ユキは無理やりリフの手を引きはがした。すると、

「…………」

 股には水分によって染みができていた。そこを中心として、空気中にアンモニア臭が漂っている。

「もらした?」

 マオは、しゃがんでリフのそこをのぞきこむ。

「だって……怖いんだもん」

 リフは涙声で言った。

「着替えはありますか」

「うん……ある」

「じゃあ、あっち向いてますから」

 ユキはリフに背中を向ける。

 リュックを下ろす音とズボンを脱ぐ音が聞こえる。リフはため息をついた。

「あれ、お姉ちゃん」

「何?」

「リュック濡れてるよ」

 その言葉を聞いてまさかと思い、リュックを下ろして確かめる。

「…………」

 丸く水の染みができていた。


 リフの着替えが済むと、造花がかけられているドアを開けることにした。宝があるかも、と三人とも期待十分だった。

 一応、ユキが銃を構えながらドアノブを握り、マオとリフは少し離れたところで待つ。

 ノブをひねる。だが、開かない。カギがかかっているようだ。

「これ……使って」

 おもらししてすっかりおとなしくなったリフが、リュックからライターほどの大きさの器具を取りだした。それをユキに渡す。「それ、どんなカギでも瞬時に開けられる機械なの」

「ありがとうございます」

 そう言って、ユキはそれのスイッチを入れ、カギ穴に近づける。器具の中から針金のようなものが出てきて、穴の中に入っていく。

 ガチャッと音がした。

 試しにドアノブをひねると、いともかんたんに開いた。ユキは銃を構え直し、先に中へ入っていく。

 同時に、中から光があふれてきた。マオとリフは一瞬目をつぶる。

「電気が、通っているのね」

 ユキだけが平気な顔をして部屋の中を進む。そこは、学校の教室くらいの大きさの部屋だった。コンクリートの壁で囲まれている。

「これは……」

 ユキは部屋中に飾られている写真を見た。まるで写真展のように綺麗に展示されている。

 そこに写っているのは、老若男女が色んな建物の前でポーズを取っている姿だった。あまり見慣れない建物ばかりだ。

「もしかして……」

 写真の右下に書かれた数字を、ユキは見てみた。それは写真の撮られた年で、それは今から三十年以上も前だった。

「戦前の写真?」

 近くに貼られている写真をすべて確認したが、全部が戦前のものであった。

「これは、何?」

 リフは、あっけないと言わんばかりの表情をしている。

「きっと、ここに避難してきた人たちが、戦争が起こる前の街の様子を見たくて集めた写真なのでしょう」

 ユキは一枚の写真を指さす。大きな電波塔の前で笑顔を浮かべるカップルの写真だった。

「ここに写っている人たちって、どうなったんだろう……」

 リフは、訴えるような目でユキを見る。

「それは分かりませんが、役所に訊いた話だと、この避難施設で生存者は見つからなかったそうです」

 そう言うと、ユキは丁寧に写真を剥がし、リュックに入れ始めた。


〈で、リフはそのあとどうしたんだ〉

 役所で仕事の報告を終えた後、そこの駐車場で待機していたレッカーに、これまでの出来事を話していた。

「リフさんには、今回の仕事の協力者として、役所から報酬が出たわ。彼女は、『助けてもらってばかりでこんなものをもらう資格はない』って言ってたけど」

 ユキはマオの頭を撫でた。すっかり疲れてお姉ちゃんのひざを枕にして寝てしまったマオを見て、彼女は微笑む。

〈発見した写真は役所に届けたのか?〉

「ええ、彼らはすっかり目の色を変えて喜んでたわ。それなら、もう少し報酬を増やしてくれてもいいのに」

〈というか、リフはどうした。もう別れたのか〉

「急に家族の所に帰りたくなったって。彼女、家出して地下に潜ってたらしいの。お宝を見つけて、一人で生きていく資金源を手に入れる算段だったみたい」

〈……お宝じゃなくて、残念だったな〉

「そうね。この街の誰かにとってはお宝なのかもしれないけど、わたしは全く興味ないわね」

〈ドライな奴だな、お前〉

 フフッと笑うと、レッカーは役所の駐車場を出発した。

 途中、全力で駆けていくリフを見かけた。彼女は涙ぐんでいるように見えた。

四十話終わり。次回をお楽しみに。

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