第四十話:遺されたもの④
地下へと通じる階段を下りていくと、そこには木製のレトロなドアが立ちふさがっていた。
「何かあたしのこと話してた? 可愛いとか?」
リフはドアにもたれかかって待っていた。
「…………」
ユキとマオは互いの顔を見合う。二人は、この人何を言ってるんだろう、と考えは一致していた。
「……まあ、そんなことを」
ユキは言葉を濁した。
「そっかー。いやー、あたし嬉しいなぁ。二人を案内するのが楽しくなっちゃうよ」
リフは、ガッハッハと力強く笑った。
なんかバカらしくなったユキは、道をふさいでいるリフに、行きましょうと促した。すると、
「先頭はユキちゃん、次マオちゃん、そして最後尾はあたし。いい?」
「え、案内して下さるのなら、リフさんが先頭の方がいいんじゃ?」
ユキは首をかしげる。
「いや、えっと……。ほら、どんな危険が待ってるか分からないから、先頭はロボットであるユキちゃんの方がいいかなって思って」
少しの間、動揺するリフを見ていたが、
「分かりました」
ユキはとりあえず納得することにして、立てつけの悪いドアを開けた。
ドアを開けると、その先は真っ暗だった。こちらには電気が通っていないようだ。
三人のライトで照らすと、その場所のことがだいたい分かる。大人二人が手を伸ばして並んだ程度の広さの通路が続いている。通路の両側には、等間隔にドアがあり、かなり多くの部屋があるようだ。
「ちょっと入ってみる?」
リフが後ろから提案した。彼女はとある部屋のドアを指さしている。
「リフさんは入ったことあるんですか?」
ユキが尋ねる。
「あるよ。この辺までは来たことあるから」
リフは少し胸を張った。
「じゃあ、案内お願いします」
三人はとあるドアにライトを向けた。それは、地下への入り口と同じドアだった。
すると、ユキは突然何かに気づき、二人に静止するようにジェスチャーした。
「二人とも、陰に隠れて。ドアの向こうに何かいる」
ユキは懐から銃を出して構える。
リフは大慌てで隠れた。まるでおびえる小動物のように。
一方、マオはユキのすぐ後ろにピッタリくっつき、銃を構えるマネをする。
「何してるの」
ユキは小さい声で注意する。少しでも大きな声を出すと、壁のあちこちを反響してしまうのだ。
「映画に出てくる人みたい、お姉ちゃん」
マオはケタケタと笑う。
「映画なんて見せた覚えないわよ」
「パンフレットで見た」
とにかく、とマオを自分から離した。
「遊びじゃないのよ。リフさんの所にいて」
はーい、としょんぼりして後ずさりしていった。
落ち着きのない子だ。まあ。それが子どもというものか。
ユキが警戒しているのは、かすかに物音がしたからだ。もし盗賊かホームレスだったら、二人に危害を及ぼすかもしれない。無力化しなくては。
ドアに耳をくっつける。ガサガサと音がした。
数秒たち、ユキはドアを開けて突入した。すばやく銃を上下左右に動かし、警戒する。
「チュッチュッ!」
突然動物の鳴き声がし、その部屋に響いた。これはネズミ。相当多く、ライトが床を照らすと、そこにいたネズミが散っていく。
そして、ドアから逃げる者、壁の中へ消えていく者、それぞれに分かれてネズミは姿を消した。
「うきゃあ!」
ドアの外からリフの悲鳴がした。慌てて駆け付けると、その場でピョンピョン跳ねていた。リフのそばにいたネズミが一匹逃げていく。
「大丈夫ですか」
ヘタヘタと座りこんだリフに尋ねた。
「……無理」
消え入りそうな声で答えた。
「うん……」
よく見ると、リフの目が潤んでいる。いくらトレジャーハンターと言っても、まだ子どもなんだなと感じた。
それで、マオはどうしてるかと視線を移すと、まだ通路に残っているネズミを追いかけ回していた。たまに両手で捕まえようとするが、小さな子どもの術中にはまるほどノロくはない。
「マオ、噛まれるからよしなさい」
ユキが注意すると、
「もー。ネズミさん可愛いのにー」
マオはほっぺたを膨らませる。
結局、片手に銃、もう片方の手でマオの手を握って歩くことになった。
その後ユキは改めてその部屋を見渡してみたが、そこはトイレだった。個室がいくつも並んでいる。
試しに他の部屋も確認すると、トイレだったりお風呂だったりした。
「数百人も共同生活していたんだから、当然か」
ユキはマオに対して、度々通路の写真を撮るように言った。あくまでも二人の仕事は避難施設の調査だ。
マオは「ネズミまた出ないかな」とワクワクしている。リフからしたら、とんでもない話だ。
「この辺かも」
リフが突然立ち止まった。
背後からの足音が消えたから、ユキとマオは振り返る。
「どうしましたか」
ユキが心配そうに近づいてくる。
「あの……あたし、この辺で引き返したの。あの排気口から――」
リフは、天井近くの排気口を指さして口をつぐんだ。
いる。何かいる。
彼女はそうつぶやく。足がガタガタ震える。
ユキは正確に排気口へ銃口を向けた。少しだけ頭が見えている。あれは……。
「ヘビ?」
マオは首をかしげた。
三人でその排気口にライトを当てていると、十秒ほど経ったころ、そこから水道の水のようにヘビがあふれてきた。
5へ続きます。




