第四十話:遺されたもの③
光の先にあったのは、地図通り戦時中使用されていた避難施設だった。ユキの計算だと、五百人くらいは収容できそうだ。
避難施設だと分かったのは、床のあちこちに布団と枕が置かれているからだ。膨大な数で、確かに誰か寝泊まりしていた形跡が残っている。
入り口で立ち止まったユキは、五秒ほど中の様子を観察していたが、ある結論に達した。それは、今ここに何者かがいるということである。
まず、電気。数十年経っているのに明るいのは、誰かが点けたということだ。
次に、足跡。この部屋の床はコンクリートなのだが、積もっているほこりの中に足跡が列になってどこまでも続いている。近くまで行ってのぞきこむと、子どもか足の小さな大人だろうと推測できる。
辺りの足跡も見てみると、それと同じ形をしている。どうやらこの部屋にいるのは一人のようだ。
そして、この部屋の真ん中あたりに、ユキのよりも負けない大きなリュックサックが置いてある。さらに、その横に敷いてある毛布が、人間の形で盛り上がっている。
「誰か……いるの?」
マオは震えた手でユキの上着の裾をつかむ。
「ええ、おそらくね」
ユキは、マオに自分の後ろを歩かせ、懐からレーザー銃を取り出した。ゆっくりと近づいていく。
よく見ると、布団の真ん中あたりが一定のリズムで上下していた。少なくとも、そこにいる者は息をしていると分かった。
リュックの隣には、登山に使うような上着とズボン、そして登山用シューズが丁寧に置いてある。
「……女の子?」
そこで寝ていたのは、十二歳くらいの少女だった。ユキと同様ショートヘアーで、丸くて低い鼻が特徴的だ。女性と言うより子どもと言った方が正しい。それでも、顔立ちは良いと分かる。マスクはしていない。必要ないのか。
なぜこんなところで……。見て見ぬふりはできず、とりあえず起こすことにした。ユキは登山少女の肩を揺らす。
「くおーくおー」と小さくいびきをかいていた少女だったが、誰かに起こされるのを感じて目を開けた。
「むにゃ……ママおはよーっ……。あれ、天井が……。あ、そうか。あたし今……」
寝ぼけた声でそう言った少女は、辺りを見回した。
「うわっ、君たち誰!?」
登山少女は、自分を興味深げにのぞきこんでいるユキとマオに気づき、ガバッと体を起こした。
誰かと問いたいのはこちらも同じだが、礼儀として一応ユキから話すことにした。
「わたしはユキです。役所から委託されてここの調査をしに来ました。この子は妹のマオです」
「あら、ご丁寧にどうも。あたしはリファソン。リフって呼んで。トレジャーハンターやってるの」
上半身下着姿のリフは、誇らしげに小さな胸を張った。
こんな華奢な子がトレジャーハンター……? 無謀で屈強な男がやっているイメージだった。世界は広いということか。
「……この下水道に宝があるんですか?」
ユキはすっとぼけて見せる。
「ん……。役所様にはまだ伝わってないんだ。そーだよ、と言ってもうわさに過ぎないけど。しかも、どんな宝があるかも分からないし」
リフはあごに手を当てて考える仕草をした。
彼女の言葉を聞く限り、まだ宝の場所は特定されていないようだ。というか、その存在自体今のところあやふやらしい。
「リフさんは、ここで何をしていたんですか」
「見てのとおり寝てたの。……ええと、五時間くらいは眠れたかな。君たちに起こされなければね」
リフは少し口を尖らせる。
「それは失礼しました。でも、ここに来るのは初めてだったので、協力者が欲しかったのです」
自分たちよりも先にいるリフなら、宝へのヒントを知っているはずだ。
「協力ねぇ……。まさか、一緒に宝を探すつもり? まあ、あたしもこの先に行きたいと思っていたけれど。いいよ、協力しましょう」
リフが右手を差し出したので、ユキはそれを握った。冷え性らしく、人間なのに少し冷たい。
「ねえ」
とマオがリフのすぐ前にやってきた。
リフは、座っていても自分の頭と同じくらいの高さしかない女の子を見つめる。
「なんで下着? 寒くないの?」
するとリフは、急に思い出したような顔をし、豪快に男っぽいくしゃみをした。
「マオちゃ~ん。せっかく服着てないこと忘れてたのに~。温まりたいからハグさせて」
リフは両腕を伸ばしたが、マオに後ずさりされてしまった。
「ハハハ。あたし、怖い顔してるのかな」
彼女は苦笑いする。
「いえ、マオはかんたんに体を触らせない子なんです」
ユキは、また自分の後ろに隠れた妹をちらっと見た。
「いつもの習慣で服脱いで寝たのがいけなかったかなぁ」
じゅるる、と鼻水をすすると、リフは布団から出て服を着始めた。ズボンが脱いで置いてあったことから予想はしていたが、彼女は下半身も下着しか身につけていなかった。
装備を整え、リフは準備体操をした。彼女いわく、逃げる時に困るからだという。
「何から逃げるのですか?」
と質問したけれど、
「あ……えっとごめん。あの名前を言っただけで鳥肌立つから、無理」
拒否されてしまった。
そのあと、ユキとマオも装備を整え、
「出発進行!」
少し震えた声でリフが言うと、ユキの後ろに移動した。まるで隠れるように。
「え?」
ユキは振り返る。てっきりリフが先導してくれると思っていたのだが。
「あのね……」
とリフは避難施設の奥を指さした。
「あの辺に、地下通路へ行ける隠し階段があるんだけど、怖い……じゃなくて、立てつけが悪くて悪くて床をスライドさせるのが大変だから、手伝ってくれる?」
ええ、と戸惑いながらもユキは了承した。
「こっち」
リフが先に歩いていって、ある所に敷かれている布団をめくった。その下に、へこんだ取っ手がある。彼女はそれを引っ張った。やはり開かないようで、苦労している。
ユキも加わって試みる。すると、ギシギシと変な音をたてながらゆっくりとスライドした。中から、地下へつながる階段が現れた。その先は真っ暗だ。
「おお、ユキちゃん力持ちだねぇ」
こんな細い体のどこから力が……という風にユキを観察する。
「一応ロボットですから」
特に胸を張ったりせず、身につけている備品の確認をしながら言った。
「あ、ロボットだったんだ。全然区別つかないよ」
リフは手を伸ばして、ユキの首筋に触れた。
「へえ、本当だ。冷たい」
感心するようにリフはうなづく。
「何やってるの」
警戒してリフから距離をとっていたマオが、彼女をにらんだ。
「本当にユキちゃんがロボットか確かめてるの。マオちゃん、怖い顔してるよ」
ハハハ、とリフはマオを指さして笑った。
「えっ」
マオは自分の顔をとっさに触る。
「触っても分かんないよ。自分の顔だもの」
クスクスとリフは笑った。そしてユキから手を離す。
「そろそろ行きませんか」
ユキはリフに提案した。
「そうだね。そろそろ行こうか」
マスクをつけヘッドライトのスイッチを入れたリフは、光で入念に階段を照らして何もいないことを確かめると、先に階段から降りていった。
ユキはマオのヘッドライトのスイッチを点けてあげた。そしてリフの後を追おうとした時、
「ねえねえ」
マオに裾を引っ張られた。
「何?」
ユキは振り返る。
「あの人って、ヘンタイ?」
マオは、階段を降りていったリフを指さす。
「かもね」
そっと耳打ちした。
4へ続きます。




