第三十九話:過保護
とある街中でのこと。ケーキ屋さんに行きたがっているマオの手を引っ張ってレッカーの中に戻ろうとしていたユキは、巡回している警備ロボットに取り押さえられました。両脇の下から抱えられるように捕まっています。
「すみません、何の事情か分かりませんが、離してもらえませんか」
ユキはあくまでも穏やかに事を済ませようと努めます。しかし、
「ダメだ。暴行の疑いで現行犯逮捕する」
話は通じず、もう一台同種のロボットが現れ、合計二台で連行されました。
取り残されたマオは口をポカーンと開け、レッカーは面倒くさいことになったなぁという風に、ブルルとエンジンをふかします。
近くにある警察署に連れて来られて最初に行われたのは、所持品検査でした。ロボットの職員が、小さいテーブルしかない狭い部屋で待っていて、ドアにカギがかけられ、二人っきりにされました。
「ポケットの中身を全部だせ」
と言われました。手錠はしていませんが、閉じこめられている状況で抵抗しても不利です。例えここを出られても、数台のロボットを一度に排除する術はありません。
「このレーザー銃は何だ。殺し用か?」
ロボットは銃を舐めまわすようにひっくり返してじろじろ見ます。
「護身に使います。物騒なので」
「では、この飴は? もしかして、よく似た形状の爆弾か?」
「いえ、飴です。妹が空腹になった時に渡しています」
「これは言い逃れできまい。このナイフは血が付いている」
「今朝、ニワトリを捌きました」
「……君はジャングルでも探検していたのかね?」
「お金がないものですから」
「そうか、苦労しているんだな」
「ありがとうございます」
自分に同情する言葉をかけてくれたから釈放してくれるのか、と思いましたが、世の中そんなに甘くなかったのです。
「分かった。とりあえず服を脱げ」
「え?」
「裸になるんだよ。俺はロボットだから、何も遠慮することはない。服の裏に怪しいものがないか確認するのだ」
何の権利があって、このロボットは女の子の服をひん剥こうとしているのでしょう(自分もロボットですが)。訴えたら賠償金がもらえそうです。
それには暴行容疑を晴らさないといけません。さて、どうしましょう。
「あの、わたしって暴行しているように見えたのでしょうか」
「そうだな。幼い女の子を無理やり連れ回すのは、この街では罪だからな」
「……その女の子は、わたしの妹なんですが」
「そうだったか。でも、たとえ妹でもダメだ。子供への暴力行為と見なされる。……もしかして、君は旅人か?」
「ええ、その通りです」
「……なるほど。話が通じないわけだ。仕方ない。一から説明しよう」
ロボットによると、この街ではかつて子どもへの虐待が問題視されていたそうです。大人のストレス発散の道具となっていました。
そこで、条例で子どもを大事にするよう定められました。かなり罪が重いため、暴力は限りなくなくなりました。我が子を叱るために叩いても逮捕されました。
ただ、ユキのような旅人にはその条例を知らないものが多いため、こうして逮捕されることがあるのです。
「ちなみに、初犯は罰金のみだ」
その額は、ユキの財布に入っているお札が全てなくなる程度でした。
罰金を払って警察署を出たユキは、めそめそ泣いていました。釈放されて嬉しいのではありません。一ヶ月頑張って働いた分もらった給料が、まるごと消えてしまったのです。悲しくて泣いている以外にあり得ません。
警察署の駐車場には、レッカーとレッカーに乗ったマオが待っていました。ユキの姿が見えると、マオは急いで飛び出してきました。
「お姉ちゃんお帰り――って、なんで泣いてるの?」
普段は冷静沈着なユキが流す涙を見て、マオはどうしたらいいのか分からず、動揺しながら辺りをキョロキョロ見回しています。
スッ……。
ユキは財布を開けて見せてあげました。
「あれ……、空っぽ。お金取られたの?」
コクッとユキは涙を拭ってからうなづきます。
車内に戻ってから、お姉ちゃんは大きなため息をつきました。
〈ま、まあ、この街には二度と来ないで済むじゃないか。それを学べたんだから良かった〉
レッカーがなぐさめるように言います。
さすがに財布の中身が全財産ではないけれど、すぐに払えるお金がないとすごく不安です。
「子どもに過保護すぎる条例なんて、全く子どものためにならないと思うわ」
こんな所に二度とマオを連れてこないと決心して、ユキはアクセルをふかして街をあとにしました。
四十話をお楽しみに。




