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第三十八話:お注射

 一仕事終えたユキは、マオの待つレッカーの中に乗り込んだ。

「お待たせ。もう夜になったし、食材を買いに行きましょうか。あまりお金ないから、今日もわたしの手づくりよ」

 そう言ってユキはアクセルを踏んで発進させる。

 レッカーが百メートルほど進んでから、マオが弱々しい声で言った。

「……何も食べたくない」

 マオは、まっすぐお姉ちゃんを見ていた。その目は少しうるんでいる。

「どうしたの? 気分悪いの?」

 ユキは運転をレッカーに任せると、シートベルトを外してマオに寄り添う。

「ううん、違う……。ごめんね」

 マオはポロっと一滴の涙を流した。

「何かあった? 怖いものでも見たの?」

 ユキはマオの頭をなでながら訊く。

 でも、マオは涙が止まらず、言葉にならない声で泣き始めた。

「お腹痛い?」

 マオは首を横に振る。

「頭痛い?」

 また首を振る。

「…………」

 子どもは語彙力がないから、自分の体に起きていることを正確に伝えることができない。おそらく、本人は相当つらいのだろう。

 お金はかかるが、一応病院に連れて行った方がいいかもしれない。

「レッカー、ここに行って」

 ユキは地図を広げると、病院のある場所を示した。

〈分かった〉とレッカーは答え、ハンドルをきる。

「マオ、今からお医者さんの所に行くからね、もうちょっとがんばってね」

 彼女はマオの背中をさすってやる。

「……お注射打つの?」

 マオが不安そうに尋ねる。

「たぶんね」

 ユキはそう答えておいた。

「……お姉ちゃん、ごめんね。ごめんね。もうしないから、許して」

 え、とユキはマオの顔を覗きこむ。

「約束するから、許して……」

 目の周りを真っ赤にしながら、マオは叫ぶように言った。

「もうしないから、お注射は……」

 そこまで聞いて、ユキはなんとなく察した。

「マオ、何か隠してる? 怒らないから見せてごらん」

 するとマオは、少しだけお尻を上げると、そこに敷いてあったものを見せた。それはスナック菓子の袋だった。

「マオ、お菓子はわたしが一緒にいる時じゃないと食べちゃいけないって言ってたわよね?」

 うん、とマオは涙声でうなづいた。

「これ全部食べちゃったの?」

 再びうん、と頭を縦に振る。

「…………」

 ユキは、その袋をマオの手から取って中を見た。クズ一欠片残さずなくなっている。

 レッカーが停車した。助手席側にクリニックが建っている。

〈悪いことする子はお注射だな〉

「レッカーが、『悪いことする子はお注射だ』って」

 ユキは翻訳してあげた。

「イヤだー!」

 マオはユキの胸の中で叫んだ。ユキの作業服に涙とよだれが染みとなる。

 五分後、ようやく落ち着いたマオを見ながら、ユキはつぶやいた。

「さあ、マオにお注射しなくちゃ」

 ユキはマオの右腕をまくると、きめ細かい白い肌を少しつねった。

「え?」

 マオは戸惑ってお姉ちゃんを見上げる。

「今日はこれで許してあげるけど、次やったら本当に注射するからね」

 突然のことに何も言えないマオだったが、その表情から緊張が解けていくのが見えた。


 すっかり夜も更けたころ――

「何でレッカー、マオを止めてくれなかったの?」

〈すまん、寝ていたんだ。お前があまりにも遅かったからな〉

「それは悪かったわよ」

〈きっとマオは、寂しいという気持ちをお菓子を食べることで抑えようとしたんだ〉

「なるほどね……」

 明日、もし早く仕事を終えて帰ってこれなかったら、マオに腕をつねってもらおう。ユキはそう思った。

三十九話をお楽しみに。

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