辛毗~回想の冀州にて
袁譚編で袁譚がすぐヒントに気付いたように、悔恨の館のヒントは袁家の事情を正しくしっていれば割とすぐ解けるものです。
それを解けなかった辛毗は、つまり袁家の事情を正しく知らないのです。
辛毗は袁紹のことを、どのように思って仕えていたのでしょうか。
袁家と深く関わる断片に、辛毗は袁紹のことをいろいろと思い出した。
かつて辛毗は、袁紹に仕えたことを誇りに思っていた。
三公四世の名家、袁家を継ぐ秀才が自分を必要としてくれることを、心の底から幸せに思っていた。
袁紹は、それはそれは立派な君主だった。
威風堂々とした体躯。
整った顔立ちと名族らしい上品な言葉。
そしてその血筋は、名門袁家の嫡流だった。
初めて袁紹を前にした時、辛毗は感動にうち震えたものだ。
こんな素晴らしい人が、自分を召し抱えてくれるのだと。
そして実際に仕えてみて、その思いはより強くなった。
袁紹はいつも、におい立つような気品を漂わせていた。
酒や女にも溺れず、何かにつけて教養の高さを滲ませる袁紹は、そこにいるだけで周りが別世界になるようだった。
仕えている誰もが、袁紹の高貴な立ち居振る舞いに魅了された。
そして、誰もがこう言った。
「袁紹様は、誠に魂まで高貴なお方だ。
南にいる、強欲な従弟とは大違いだ」
強欲な従弟、それが袁術である。
袁術は自分も南で大きな勢力を築いていたが、常に袁紹に対抗意識を燃やしていたらしい。
だが、袁術がいくら袁紹を陥れようとしても、袁紹の家臣団が揺らぐことはなかった。
当然だ、袁紹と袁術では器が違う。
袁術は血筋ばかりを鼻にかけるが、袁紹は中身が伴っている。
この辺りは、辛毗も許攸も審配も同じ意見だった。
だから多少仲が悪くても、袁紹のためにまとまっていられたのだ。
袁術は袁紹が不利になるよういろいろ仕掛けてきたが、その結束の前には無力だった。
一時、袁術が袁紹の評判を落とすために妙な噂を流していたが、それもすぐに立ち消えになった。
曰く、袁紹は娼婦の腹から生まれた卑しい血筋であると。
その噂が広まった時、袁紹はすました顔でそれを否定した。
袁紹配下の武将や文官たちも、それを真に受ける者はいなかった。
だって、こんなに高貴で素晴らしいお方が、娼婦から生まれる訳がない。
袁紹様の高貴な血は、見て分かるくらい輝いているじゃないか。
そうでしょう、殿?
家臣たちに問われると、袁紹は微笑んでうなずいた。
「何も心配することはない。
私は袁家の嫡子、袁成の長男、袁紹である」
そう言って玉座で柔和な笑みを浮かべる袁紹に、家臣たちはますます酔いしれた。
許攸はわざとらしいくらい袁紹を褒め称えていたし、審配に至ってはもう神のごとく崇拝していた。
誰もが、袁紹から始まる袁家の栄光ある未来を思い描いていた。
それなのに……どうしてこうなったのだろう?
今や袁家は内紛によって滅び、袁紹の血筋は跡形もなく消え去ってしまった。
袁紹はその血筋にふさわしく内政は得意だったが、とても大切なことを最期まで決められずに逝ってしまった。
袁譚と袁尚……どちらに後を継がせるかを、最期まで決められなかった。
袁譚とうまくいっていないのは、兄辛評を通じて知っていた。
しかし、その理由を尋ねても、明確な答えは得られなかった。
袁紹は、表情のない面のような顔をして黙ってしまった。
心ここにあらずといった感じで、ふわふわとはぐらかしてしまった。
(全く、もっと自信をもって決めてくださればいいものを!)
袁譚を支持する兄辛評も、袁尚を支持する審配も、そう思っていた。
袁家の明るい未来を望む全員が、そう思っていた。
にも関わらず、袁紹は最期までそれに応えることはなかった。
結局、袁譚と袁尚は父の代の兄弟げんかをそのまま焼き直したように争って、滅んでしまった。
袁紹のことを思い出すたびに、辛毗は思う。
(あの方はなぜ、あんなに袁譚様を拒まれたのか……?)
慣習に従って、袁譚を後継者に据えていれば、あんな争いは起こらなくて済んだのに。
袁紹がきちんと言っていれば、かつての味方同士で殺し合わなくてよかったのに。
いくら袁術と器が違っても、こうして滅んでしまったら同じことだ。
こうやって大勢の人間を不幸にしてしまったら、同じことだ。
思い出せば思い出すほど、涙がこみ上げてくる。
辛毗はどうにも耐えられず、怪物のいない部屋で扉を閉めて一人すすり泣いた。
袁紹と袁術の関係は、『袁紹伝』と『魏書』で異なる書き方をされています。
前者では袁紹は袁成の子であり袁術とは従兄関係なのですが、後者では袁逢の庶子であり袁術とは異母弟となっています。そして、家を出て袁成の養子になったとも。
悪夢行では、後者の記述を採用しました。
しかし、袁紹が生前はそれを隠していたため、辛毗は前者が正しいと理解している訳です。