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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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袁紹~悪夢の鍋底にて(7)

実の息子であるがゆえに、劉氏に縛られてしまう袁尚。

 袁紹と曹操は、何とかそんな袁尚を劉氏から引きはがそうとします。

 袁紹も曹操も父親には変わりない、血の通った愛情で袁尚に救いの手を差し伸べます。


 一方、後がなくなった劉氏は必死で袁尚にすがりつきますが……袁家の全てを悪夢に沈めた悪妻、劉氏の行く末をご覧ください。

「だって、母上の腹から生まれたのは僕だもの!

 でも、母上は僕のことあんまり構ってくれなくって……。

 地獄でやっと会えてしがみついたのに、上半身だけ父上のところへ行っちゃうんだもの!!」


 袁尚は、悔しそうに顔を歪めた。


  劉氏が上半身だけの姿だったのは、このせいなのだ。

  袁尚が下半身をがっちり捕まえて放さなかったから、上半身しか動かせなかった。


 それに気づくと、袁紹は痛ましげに顔を伏せた。

 生前母に本当の愛を向けてもらえなかったせいで、地獄に落ちてなお重罪人の母にしがみついて離れられない。

 これも己の悪夢が引き起こした事だと、袁紹は深く頭を垂れた。


 しかし、これで悪夢も最後なのだから、せめて息子だけは救ってやりたい。

 袁尚は劉氏の子であると同時に、自分の子でもあるのだ。


  袁尚の望む愛情を与えられるのは、劉氏だけではない。


 袁紹は、厳しい目で息子を見つめて語り掛けた。


「それで、おまえはこの母がおまえを心から愛せると思っているのか?」

「へ?」


 不意を突かれたように、袁尚はきょとんとした。


 この子は好き放題に甘やかしたせいで、考えが浅い。

 目の前の母にしがみついても、そこまでは考えていなかったようだ。


「この女が己の事しか考えぬのは、おまえが一番よく知っているはずだ。

 そもそも、本当に母性があれば荒れた戦場で眠る我が子をあんな風に見捨てるものか」


 袁紹がそう言ってやると、袁尚は一瞬狐につままれたような顔になり、劉氏と袁紹の顔を交互に見比べた。


「そうだな、おれの妻とはえらい違いだ。

 あいつは、戦で死んだ子が自分の子でなくてもおれを責めたものだ」


 曹操も言う。

 敵にそこまで言われると、袁尚はむっとした。


 言われてみれば思い出す。

 母劉氏が、自分がまだ北で戦っているというのにのこのこと曹操に保護されてしまったことを。

 しかも、彼女は自分が楽になればそれでよくて、自分の暮らしが悪くなるのが嫌で袁尚の命乞いをしなかった。


  迷いながらも、本当に自分の幸せを望んでくれた父。

  調子のいい時だけ母親面して、息子を消耗品のように捨てた母。


「むー……」


 袁尚の顔に、迷いが見え始めた。

 難しい顔で、じっとりと劉氏を見つめている。


 それに気づくと、劉氏は大慌てで自らも袁尚に腕を回した。


「そ、そんな事ないのよ!

 私は、あなたのお母さんだもの……ね?ね!?」


 必死で口角を上げて無理矢理に笑顔を作り、息子の機嫌を取ろうとする。

 しかし、老婆のようにしわくちゃになった顔では焦りと自己愛はごまかせなかった。


  生前は、美しく甘い表情で夫と息子をいいなりにしてきた悪妻。

  しかし今の醜い姿では、内からあふれるものを隠す術もない。


 その上、こんな風に態度を変えるのは醜いことこの上ない。

 やっぱり劉氏が守りたいのは、袁尚ではなく自分なのだ。


 袁尚が、失望したように吐息を漏らした。


「……バカみたい、自分が落ちそうになった途端こんなに必死になって。

 父上が死ぬ時も僕が戦に行く時も、平気な顔してたくせに!」


 袁尚は、冷たく見下す目をして母から手を放した。

 それに気づくと、劉氏はますます慌てて袁尚にしがみつく。


「ちょっと、何を言っているの!?

 おまえを生んだのは、この私なのよ!!

 おまえはその恩を返して……」


 見苦しくわめき散らす劉氏に、袁尚は底冷えするような声で告げた。


「恩返しなら、したじゃん。

 母上の望む栄華のために、僕は命を懸けて戦ったよ?」


 それを聞くと、劉氏は眼球がこぼれ落ちそうなほど目を見開いた。


「ち、違う……アレは、あなたのために……!

 私は、ちゃんとあなたの将来を考えて……!!」


 劉氏の言い訳を、怒れる男の声が遮った。


「いい加減にしろ!!」


 曹操と袁紹の、重なった怒声。

 それに合わせて、二振りの刃が劉氏の腕を断ち切る。


  袁尚からも金網からも切り離された劉氏の体が、ずるりと滑った。


 その瞬間、小鬼が地獄の底に向かって叫ぶ。


「今でっせ、鎖を頼むわ!」


 その声に応えて、底の見えない穴から鎖が振り出される。

 先端についた楔が、劉氏の体にドスドスと打ち込まれる。


 次の瞬間、鎖がぴんと伸びて劉氏の体を地獄の底に引きずり落とした。


「いぎぃやああああぁー!!!」


 醜く濁った叫び声を上げて、劉氏が落ちていく。


  その罪と心にふさわしい、最も深い奈落の底へ。


 袁紹と袁尚、そして曹操は静かにそれを見つめていた。

 最初から最後までとことん醜い、偽りの母の終焉を。


「因果応報だ、劉よ……」


 悲鳴の余韻のような熱風を顔に受けながら、袁紹は冷たくささやいた。

 袁紹と曹操は、対照的なように見えて共通する部分がかなりあります。

 お互い多くの子を持つ父親で、息子の成長を楽しみに見ていた父親……しかしその妻は、対極と言えるほど違いました。


 劉氏編と曹操編の最初に登場した卞夫人、曹操は彼女の事を思い出して袁紹に手を貸しました。

 劉氏のような身勝手を許してはならない、被害者でない曹操にも、それは手に取るように分かるのです。

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