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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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袁紹~悪夢の鍋底にて(4)

 劉琦の想いが袁紹の悪しき絆を断ち切り、ついに袁紹は目を覚まします。

 ようやくしっかり向き合えた親友に、袁紹はどんな言葉をかけるのでしょうか。


 劉氏とのつながりを断って、袁紹は曹操の手を取ります。

 寝台に巻き付いている荊に、突然大輪の花が咲いた。


  それは荊州城の中庭に咲く、拒絶のバラ。

  蔡夫人が劉琦を遠ざけるために植えた、喉を責める嫌悪に満ちた香り。


 むせかえるほどの香しい芳香が、袁紹の喉を貫く。


「うぐっ……おえっ!?」


 喉がいがいがして、胃の腑が引き付けを起こす。

 吐き出したい、しかしこれだけでは足りない。


 しかし、突如として袁紹の喉を鋭い痛みがえぐった。

 口の中と喉に、幾多の棘を刺されたようなひどい違和感。


  腹の中身が、逆流する。


「ぐっうおええええ!!!」


  今なら、吐き出せる。


 袁紹はこみ上げる嘔吐感に身を震わせ、口を大きく開いた。



 曹操の腕の中で、袁紹の体がびくりと跳ねた。

 口を大きく開き、喉を反らす。


「ぐっうおええええ!!!」


 絞り出すような嗚咽とともに、眉間にしわが寄る。

 曹操は素早く荊を口から引っこ抜き、袁紹の顔を横に向けた。


 次の瞬間、袁紹の口から大量の血が噴き出す。


  血ではない、膿と錆の混じったもっと悪い穢れだ。


 袁紹の体ががくがくと震え、噴水のように噴き出す穢れが床に落ちる。

 穢れは床の金網をすり抜けて地獄へと落ちていき、炎で浄化されていく。


 全てを吐き尽くすと、袁紹は曹操の膝の上からごろりと転がった。

 床に突っ伏して、金網に手をつく。

 その手に、力がこもって上体を持ち上げた。


「……夢を、見ておった」


 袁紹は、目覚めたばかりのようにゆっくりと顔を上げ、かっと目を開いた。

 強い光と意思の宿る目を、曹操に向ける。


「ずいぶんと、迷惑をかけてしまったな。

 恩に着るぞ、曹操よ!」


 袁紹の肌からは、血の色のあざがすっきりとなくなっていた。

 まとわりついていた血の糸も穢れを吐き出すと同時に消え去り、袁紹は自由になっている。


 曹操の顔に、歓喜が満ち溢れた。


「袁紹!!」


 二人は、互いを確かめ合うように抱きしめ合って再会を喜んだ。


  袁紹は、戻ってきたのだ。

  曹操と、そして袁紹が救った者の恩返しによって。


 再び旧友の希望に満ちた顔を見られて、曹操は感無量だった。

 厳しい道のりだったが、曹操はついに袁紹を劉氏から奪い返したのだ。


  何度も間違えた、何度もすれ違った。

  その度にお互い傷ついて、もう戻れないと思った日もあった。


  しかし、諦めずに旧友を信じて進むことで、曹操はついに袁紹を悪夢から解放した。


「ありがとう、こんなところまで私を助けに来てくれて。

 私は、おまえという良き友を持ったことをとても幸せに思う」


 袁紹が、感謝と喜びに満ちた目をして言う。

 変な飾り気や虚勢のない、純粋な感謝の言葉だ。


 袁家に囚われていた頃の袁紹には言えなかった、本心そのままの言葉だ。


「それを言うならおれの方もだ、袁紹」


 曹操も、心に広がる温かいものをそのまま返す。


「生前おまえを傷つけてしまったこと、気づかなくて済まなかった。

 おまえはおれを過ちに気づかせ、やり直す機会を与えてくれた。

 こんなできた友を持って、おれは幸せだ」


 生前は言えなかった、一人の人間として相手を大事にする言葉。

 この地獄の縁にあって、二人はようやくそれを交わすことができた。


  言えたらいいと思っていた。

  言うのは無理だと思っていた。

  だが、二人で手を伸ばし合えば、その手はつなげるのだと知った。


 二人は、ようやくお互いの望んだ真の親友になれた。

 片方はすでに死んでしまったものの、この世にいるうちに相手の気持ちを確かめられた喜びは大きかった。


 二つに割れていた袁紹は一人に戻った。

 袁紹を縛り付けて苦しめていた悪夢は、全て打ち払った。

 後は、この悪夢の世界を消し去るだけだ。


「だが……」


 袁紹は、金網の上に這いつくばる白髪の化け物に目を向けた。

 劉氏はまだ、ここにいる。


「あやつを地獄に戻さねば、この悪夢を閉じられぬ。

 悪いが、もう少し手を借りるぞ」


 信頼のこもったその言葉に、曹操は力強く答えた。


「ああ、乗りかかった船だ。

 最後まで、二人でやり遂げよう!」


 曹操と袁紹は、昔のように互いの目を見てうなずき合った。



「ひ、ヒィ……キヒイイイ!!」


 自分を狙う者の視線を感じて、劉氏はどうにか起き上った。

 老婆のように醜く歪んでただれた体を、人と同じ大きさになったたった二本の腕で支える。


  劉氏はもう、巨大な怪物ではなかった。


 さっきまで大事に腹に抱いていた繭は、もうない。

 縦横無尽に振り出した血の色の鞭も、溶けて消えてしまった。

 おまけに、肋骨が変化した蜘蛛のような腕もなくなってしまった。


 劉氏の姿も、結局は袁紹の悪夢に力を借りてそうなっていたに過ぎないのだ。

 袁紹が解放されて力を奪えなくなれば、劉氏はもう少ししぶといだけの亡霊に過ぎない。


「劉よ、終いだ」


 袁紹が、剣を手に歩み寄る。

 その目には、さっきまでの怯えはなく、代わりに憐れみが詰まっていた。


「おまえとも、長い付き合いだった。

 しかし、おまえは己の欲に溺れるばかりで、誰も幸せにしなかった。

 その報い、しっかり受けてもらおうか!」


 袁紹は、生前見せたこともないような芯の通った声で劉氏に告げる。


「おまえをこの世に縛り付けているもの、断ち切らせてもらう。

 そこにある、私の母の寝台だな?」


 袁紹は、劉氏がすがりついている寝台に視線を向けた。

 劉氏の骨が浮き出た肩が、びくりと跳ねる。


「そこからつながっている糸で、おまえはここに留まっているのだな。

 だが、それはおまえを求める糸ではない。

 そこは私の母上のものだ、さっさと出て行け!」


 劉氏は、上半身だけの体で必死に寝台にすがりついた。

 しかし、袁紹にもう劉氏への未練はない。


  夫婦の絆も、これまでだ。

  元は、他人だったのだから。


 袁紹は、満を持して剣を振り上げた。

 曹操は、生前からずっと救いたいと思っていた旧友をようやく本当に救うことができました。

 しかし劉氏は未だ悪夢の世界に留まっています。


 本当にあと少しで終わってしまうのが、かなり寂しいです。

 さて、次回作はどうしようか。

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