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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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袁紹~悪夢の鍋底にて(3)

 袁紹に使われた救いの荊は、裏冀州城の中庭に生えていました。

 中庭に生えたバラは、これまでの章に登場しています。

 袁紹と似た悪夢に苛まれ、袁紹を救いたいと願う人物に関係する、強い芳香を放つバラ……それは一体、誰の心だったのでしょうか。

 どれくらい時間が経っただろうか、ふと袁紹の意識が浮上した。


「袁紹殿」


 誰かが、自分の名を呼んだ。


 袁紹は、驚いて辺りを見回した。

 ここには、自分と自分を包んでいる劉氏しかいないはずなのに。

 気が付けば、部屋に滞った血錆の臭いを和らげるように、さわやかなバラの芳香が漂っていた。


「誰、だ……!?」


 動きたくない体を無理矢理よじって、顔を横に向ける。

 重いまぶたを懸命に持ち上げて、視界を開く。


 寝台に縛り付けられた袁紹の手に、ほのかに温かい手が触れた。


「袁紹殿……」


 誰かが、自分に寄り添って、見下ろしている。

 こんな残酷な世界なのに、その目には慈愛が満ちていた。


 視界がようやくはっきりしてその顔が見えた時、袁紹は驚愕した。


「お、おぬしは劉琦!」


 そこにいたのは、劉琦だった。


  かつて、荊州城で袁紹と悪夢を共鳴させた青年。

  継母である蔡氏にいじめられながらも懸命に生きる、病弱な男の子。

  袁紹に父を重ねて求めた、荊州太守劉表の長男。


 なぜ、彼がここにいるのか。

 そして、なぜ自分を助けに来たのか。


 袁紹は、驚きに目を見開いて尋ねた。


「おぬし、なぜ、ここに……!?」


 劉琦は、悲しげな笑みを浮かべて答える。


「私とよく似た悪夢を、あなたから感じたからです。

 それに、あなたには助けていただいた恩がありますから」


 劉琦は、そっと袁紹の手を握った。


「私は、あなたに助けられた時から、ずっとここであなたを待っていました。

 私を救ってくれたあなたに、どうか救われてほしくて、あなたの悪夢の中に私の祈りを残していました。

 今度は私が、あなたを助ける番ですね」


 袁紹は、信じられないような面持ちで劉琦を見ていた。

 劉琦は、袁紹が助けたあの時から、ずっと袁紹のために祈ってくれていたのだ。


 考えてみれば、袁紹の悪夢の最奥であるこの冀州城は、劉琦の悪夢の舞台であった荊州城に通じるところがある。


  一見華やかな、栄耀を現す城郭。

  見た目だけは幸せそうな、家族の空間。

  そして、子を産んだ妻に囚われる父。


 劉琦は、それらを共鳴させて、袁紹の悪夢の最奥に自分の思念を残していたのだ。

 袁紹に助けられたことを深く感謝し、自分が袁紹を救いたいとまで考えてくれたのだ。


 袁紹の目から、ぽろりと涙がこぼれた。


「すまぬ、劉琦……!」


 袁紹は、己の手に重ねられた劉琦の手をぎゅっと握った。


「おぬしの気持ち、とても嬉しく思う。

 だが、わしはもうここから抜けられぬ。

 劉の……あの女の子を抱いた姿を思い出すたびに、どうしてもあれを失いたくないと心が言う事を聞かぬのだ!」


 袁紹自身、救われることができるなら、救われたくてたまらなかった。

 しかし、それはせっかく得た劉氏という母を失うことでもある。


  幼いころからあれほど求めた母……

  袁紹にとって、あれを失うのは耐えがたい苦痛だった。


 だから、どんなに旧友が身と心を捧げてくれても、自分は彼のもとに戻れなかった。

 袁紹にとって、母に勝るものはない……劉氏とのつながりより大事なものはこの世界に存在しないのだ。


 それを聞くと、劉琦は優しい笑みを浮かべた。


「多分、そうだろうと思っていました。

 だって、父上も蔡氏のことをそう誤解していましたから」


 劉琦は、どこか遠くを見るような目をして言った。


「あの時、悪い幻に囚われていたのは、私だけではなかったんです。

 父上は、蔡氏を亡くなった私の母上と重ねていて……自分の妻で、私の義理の母上だから……蔡氏が私にひどい事をするはずがないって目を閉ざしていたんです。

 でも、袁紹殿の警告のおかげで、父は目を覚ましてくれました!」


 劉琦は、嬉しそうに顔をほころばせた。


「私の母上と蔡氏は、全然関係ない違う人なんだって、気づいてくれたんです。

 それからは、ちゃんと私と蔡氏が他人なんだと見て接してくれるようになりました。

 袁紹殿は、父上の悪夢も振り払ってくれたんです!」


 それを聞いて、袁紹はなるほどと納得した。


  劉琦は、自分の息子の袁煕と同じような状況になっていた。

  後妻に目を塞がれた父に追い出され、後妻に追い詰められる。

  子がそんな状況であれば、父劉表が自分と同じ状況になっているのは当たり前だ。


 劉琦はそれを打ち明けると、袁紹の顔をのぞきこんだ。

 その目には、袁紹を思って涙が浮かんでいる。


「だから、今度は袁紹殿の悪い幻を私が断ち切ってあげます!

 劉氏殿は、あなたのお母さんとは別の人なんですよ!!」


 いつの間にか、袁紹が横たわっている寝台には棘だらけの荊が巻き付いていた。

 荊の棘が伸びて袁紹の体を浮かせ、寝台から引き離していく。


「この荊は、蔡氏が私を隔離して絆を断ち切るためもの。

 これで、あなたと悪い奥方の絆を断ち切ってあげます!」


 袁紹は、目からうろこが落ちたようにつぶやいた。


「そうか、劉は……私の母上では、ない……」


  どうして、気づかなかったのだろう。

  劉氏は袁紹の本当の母上ではなくて、元は赤の他人だったのに。


 袁紹の意識が覚醒するにつれ、袁紹とつながっていた血の糸がちぎれていく。

 目を覚ませば悪夢が消えるように、袁紹の全身を蝕んでいた穢れが鎮まっていく。


 劉琦は、力をこめて呼びかけた。


「さあ、そんな偽りの絆は吐き出してください!

 この香りは、私を咳き込ませて遠ざける香り。

 あなたもこれで、悪いものを吐き出して遠ざけてください!!」

 冀州城の中庭に生えていた荊は、袁紹を救いたいと願う劉琦の思念でした。

 劉琦が袁紹に救われて父劉表との絆を取り戻した時、人知れず劉表の方も悪しき絆から解放されていたのです。

 劉琦の心はそこからヒントを得て、袁紹を悪い幻から引きはがすためにあの荊を用意したのでした。


 ちなみに裏冀州城は袁紹自身もこれまで入れなかった深部なので、劉琦がずっとそこにいたことに袁紹は気づかなかったのです。

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