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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~悪夢の鍋底にて(5)

 劉氏に捕まり、圧倒的窮地に立たされる曹操。

 しかし、袁紹は曹操が殺されないように最後の手段を残しておいてくれました。


 それが本当は誰の心で、なぜ冀州城の庭に生えていたのかを知らないままで。

 それでも、曹操とその荊の主は全力で袁紹を助けようとしてくれます。

 袁紹が曹操にと置いておいた、あの荊の使い道は……。

 ごうっと耳元で風が唸る。

 背中に走ったのは、固い地面にたたきつけられたような衝撃だった。


  そこには何もないはずなのに、目に見えない壁が曹操の背中を打つ。


 「な、何で……?」


 劉氏も、この手ごたえには驚いた。

 ここは明らかに穴が開いているのに、曹操を押し込むことはできない。

 どんなに力をこめても、まるで岩盤を押しているように全く沈む気配がない。


  不意に、金網の下から火の粉が舞い上がった。


 ぶわっと、熱い風が吹き上げる。

 ざわざわと空気が渦を巻き、次の瞬間、一気に上昇気流となって噴出した。


  火の粉が竜巻のように、曹操と劉氏を包む。


「ギャアアア!!?」


 曹操に体重をかけるようにのめりこんだ劉氏の体を、炎の渦が直撃する。

 地獄の業火が曹操を縛り付ける血の鞭を焼き切り、劉氏の腐った肌を焼き払う。

 劉氏はたまらず金網の上を転がった。


 同時に、曹操の体が木の葉のように宙を舞った。

 下から殴りつけるような衝撃に打ち上げられ、そのまま空中で回転して金網にたたきつけられる。


「うっ……うぐううぅ……!」


 曹操は、全身を走る痛みに身もだえした。

 劉氏に叩きつけられたのと下からの突き上げ、さらに落下の衝撃が全身の骨を軋ませる。


(い、いかん、これでは……!)


 今ので、劉氏も相当の痛手をこうむったようだ。

 しかし、自分ももうさっきまでのように動ける気がしない。


 頭では今すぐ反撃しろと指令を出すが、体がそれに応えられない。

 衝撃で力が抜けて、痛みで思うように動かせず、もう走って攻撃を仕掛けることはできそうにない。


(このままでは、おれ自身も……)


 曹操は、ひしひしと迫る命の危機を感じた。


  自分はこのままここにいても、それほどの回復は期待できない。

  しかし劉氏は、放置すれば必ず回復して襲ってくる。


 このままでは、劉氏の思惑通り自分も殺されて、地獄に落とされてしまう。

 曹操は、ぎりっと歯を噛みしめて懐の荊に触れた。


  そうならない、最後の手段ならある。

  袁紹がくれた、この救いの荊だ。


 曹操は、懐から荊を取り出して見つめた。

 これに自分の血を振りかければ、自分だけはこの悪夢から逃れる事はできる。

 しかし、それでは袁紹はどうなるのか。


 袁紹は、曹操のすぐ側に転がっていた。

 相変わらず意識がなく、手足はだらりと弛緩している。


  ここで曹操だけが脱出すれば、劉氏はきっと袁紹を地獄に引きずり込む。

  そもそも、劉氏は初めからそのつもりだ。

  曹操のことは、行きがけの駄賃に過ぎない。


  だからこそ、袁紹は曹操にこの荊を手渡したのだろう。


 曹操は、優しく哀れな旧友を見つめた。

 自分は、こんなに悲しい友を、また見捨ててしまうのか。


(いや、そうはせぬ!)


 曹操は、痛む体を引きずって袁紹に這いよった。

 さっきの地獄の暴風で、袁紹を包んでいた繭は完全に焼き切れている。

 曹操は横たわる袁紹の手を持ち上げ、そっと荊を握らせた。


「袁紹……ここから抜けるべきなのは、おまえなのだ!」


 祈りをこめて袁紹の手に自分の手を重ね、ぐっと握りこむ。

 荊の棘が袁紹の手の平を破り、袁紹の血が荊に伝った。


  曹操は、救いの荊を袁紹に使ったのだ。


 これは、賭けだった。

 袁紹にこれの効果があるかどうかなど、分からない。

 だが、曹操は可能性に賭けた。


 袁紹自身と劉氏とのつながりを断つことができれば、きっと袁紹の意識は戻る。袁紹自身を悪夢の世界からはじき出してしまえば、侵食は消えるかもしれない。

 袁紹は死んでいるから、いつでも地獄に落とされてしまう。しかし、生きている自分ならば、いくばくか時間の猶予はある。


(袁紹が脱出し、おれが劉氏の手の届かないところまで退避できれば……!)


 曹操に残された道は、もうそれほど多くなかった。

 だが、それでも曹操は袁紹を助ける道を選んだ。


 袁紹の血が荊にかかり、荊がほのかな光を放つ。

 曹操の鼻を、鮮やかなバラの香りがかすめた。


「んん?」


 曹操は、何となく違和感を覚えた。


  この荊は、自分と袁紹が花嫁泥棒をした時の、袁紹が囚われた荊ではないのか。

  しかし、この香りは野生の荊よりずっと洗練されている。


 だが、今は小さなことにこだわっている場合ではなかった。

 曹操は、袁紹の様子にじっと目をこらす。


 と、袁紹の肌に浮き出た血管のような穢れが引いた。

 体に張り巡らされた何かが引っ込むように、血の色のあざが消えて元の肌に戻っていく。


「やったか!?」


 だが、袁紹は目を覚まさなかった。

 穢れも完全に消えた訳ではなく、まだところどころに小さなあざのような跡が残っている。


 それでも、変化はあった。

 袁紹が、びくりと体を引きつらせる。


「う……えっ……」


 眉間にしわを寄せて喉を反らせ、嗚咽する。

 何かを吐き出そうとするように、わずかに舌を出して肩を震わせる。


「袁紹!」


 曹操はすぐさま袁紹の口に手をやり、指を突っ込もうとした。


  袁紹は、吐き出そうとしている。

  楼閣の頂上で、吸い込まされた大量の穢れを。


 ここで吐かせてしまえば、きっと袁紹は目を覚ます。

 それは、確信にも似た思いだった。


 しかし、袁紹の口は半開きのままで、曹操の指を受け入れてはくれなかった。

 吐こうとはしているものの、どこか自分で吐くのを拒んで我慢しているようだ。

 これでは、曹操の指が喉の奥に届かない。


(何か、他に突っ込めるものは?)


 そう考えて、曹操は気づいた。


  あるじゃないか、細長くて固い、刺激の強いものが。

  袁紹が手に握っている、あの荊だ。


 曹操は、袁紹の手から荊を引き抜こうとしてはっと気づいた。

 さっきは茎と棘だけだった荊に、花が咲いている。

 洗練された香りを放つ大きな花が、ぽっかりと開いていた。


  まるで、これが正解だよと祝福するように。


 これは明らかに、花嫁泥棒の時の荊ではない。

 だが、これが誰の意志でどんな関係があるのかは分からないが、確かに袁紹を助けようとしている。


 曹操は、迷わず袁紹の手から荊を引き抜き、口に当てがった。


「戻ってこい、袁紹!!」


 袁紹の半開きの口に、棘だらけの荊を突っ込んだ。

曹操は、大きなダメージを負って劉氏との戦いを考え直さざるを得ませんでした。しかし、一方の道を塞がれて見えてくる道もあります。


 曹操は救いの荊を袁紹に使い、それは少しだけ袁紹の意識を引き戻すことができました。

 あとは袁紹自身が、穢れを断ち切って吐き出すだけです。

 次回、荊の本当の主が袁紹の心の奥に語り掛けます。袁紹を家族の悪意から断ち切り、救いたい……そう願ってこの荊を残したのは、誰だったのでしょうか。

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